「弘道館記念碑」の前に立つ「弘道館2」のプロデューサー・倉成英俊さん=佐賀市松原

 

 幕末佐賀の藩校・弘道館をモデルに、各分野で活躍する佐賀県ゆかりの人を講師に招く県の事業「弘道館2」。未来を切り開く人材を育成しようと2017年に開講し、現在まで特別講座を含め22回を数えるこの講座は、佐賀県有田焼400周年事業をはじめさまざまなプロジェクトを手掛けてきた倉成英俊さん(45)=佐賀市出身=が「目付役」としてプロデュースしている。


 「江戸時代の藩校の哲学を、歴史とひも付けて現代にアップデートする取り組み。こんなプロジェクトをやっている所は他にない」。自信をもってそう語る倉成さんは、広告最大手「電通」出身のプロデューサーで、いわゆる学校教育のプロではない。ただ小中学校で既に始まり、高校学習指導要領でも来年度から導入される「アクティブ・ラーニング」(主体的・対話的で深い学び)について、6年前から独自の「研究所」を立ち上げ、さまざまな教育プログラムを学校や企業に提供してきた。根底には「教育で一番伸ばすべきなのは好奇心」との信念と、それを巧みに刺激する仕掛けがある。

◆ 一人でも目を輝かせる

 弘道館2では講師選定のほか、各講座の全体設計を担う。毎回の目標は「受講者のうち一人でも、本当に目を輝かせることができるかどうか」。効果がすぐには表れにくい教育分野での取り組みだが「それはいずれ周りに広がり、目に見える成果になっていくはず」と信じる。
 佐賀市の私立中高一貫校・弘学館から東大機械工学科に進学し、同大学院を中退。2000年、電通に入社し、広告制作部門や短期留学を経て、10年前後からは「APEC JAPAN」など国家的プロジェクトの総合プロデュースなども多数手掛けた。
 輝かしい業績の一方で15年、電通内に「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」という風変わりなプロジェクトを立ち上げる。広告のプロジェクト進行が、国内で注目され始めたアクティブ・ラーニングの手法そのものという観点から、従来にない教育プログラムを教育機関や企業に提供しようという試みだった。これまで国内外の大学や小中高校のほか、企業、佐賀県を含む官公庁など多数の提供実績がある。

◆ 答えのない問題

 そんな倉成さん自身の教育への関心は入社前、電通のインターンへ応募した際の提出課題に始まるという。「1週間が8日だったとしたら、あと1日で何をするか」というユニークな作文問題だった。
 「答えのない問題の面白さを知り、こういうのがもっといっぱいあるといいなと思った。同時に、よく考えたら学校で書いてきた作文や数学の証明も含めて、世の中に正解なんてないんじゃないかと気づいたし、こういうのを面白がる大人もいるんだと衝撃を受けた」。
 カレー好きな倉成さんは「カレーをあと1日、余分に煮込む」とつづり、用紙に削ったカレールーを貼って香り付きで提出、合格に至った。
 倉成さんの立ち上げた「研究所」や「弘道館2」の教育プログラムも、この課題のようなユニークさが色濃い。全国に「青山フラワーマーケット」を展開する井上英明さん(鹿島市出身)を祐徳稲荷神社に招き、バラの花びらを分解するワークショップを開いた2018年の「弘道館2」などはその典型例だ。
 「一見、何のためなのか分からないけど面白そうで、取り組むうちに無意識に学びを得る、というプログラムが好き。学校の授業は通常まず目当てを提示するが、広告業界のノウハウは相手の好奇心を一瞬で増大させ『面白そう』と思わせること。教育で一番伸ばすべきなのはこの好奇心だと思う」と持論を語る。
 問題を出された側が好奇心と創造力を触発され、才能の開花につながったり人生を変えられたりするような瞬間を、倉成さんは「伝説の授業」と呼び、さまざまな業界で活躍する人からそうした経験談を聞き取っている。アンテナは歴史の中にも向け、「伝説の授業採集」と称するコラムを広告系のウェブサイトで連載し、人気を集めている。

◆ 「起点」古賀穀堂

 「この人が起点だと思って、たまに会いに来るんです」。昨年秋のある日、倉成さんは佐賀市金立町の小さな墓地を訪れていた。「穀堂古賀」と刻字された墓石に買ってきた花を供え、手を合わせた。

佐賀藩の教育に力を注いだ古賀穀堂の墓と碑文(右)を前に、功績を語る倉成英俊さん=2020年11月、佐賀市金立町


 幕末・佐賀の儒学者、古賀穀堂(1777~1836年)。10代藩主鍋島直正の教育係で、9代斉直への意見書で藩校・弘道館の拡充などを説いた。これを土台に直正が着手した教育改革で弘道館の敷地は3倍、予算は7倍に。大隈重信や江藤新平、副島種臣ら、現在も語り継がれる佐賀の偉人たちが世に出て行くのはその後のことだ。「穀堂がいなければ彼らだけでなく、藩校の流れをくむ佐賀西高や致遠館も無かったはず。ここに墓があることはあまり知られていないけど、すごい人」
 穀堂の哲学を具現化した弘道館から「弘道館2」が引き継いだのは名前だけではない。受講者が講師や知事と自由に意見を交わす時間をできるだけ設けているのは、弘道館で行われていた「会読」のオマージュ。四書五経などを読み議論し合う読書会だが、他藩と大きく違ったのは、藩主・直正自身が参加し、何を言ってもとがめられない対等な議論が交わされたという点だ。

◆ 21世紀の佐賀“藩校”

 幕末の若い佐賀藩士たちのごとく自由闊達(かったつ)に意見を闘わせる雰囲気づくりを大切にする一方、倉成さんにはもう一つ、少し角度の違う狙いがある。「日本の教育には軸が無いと言われる。どんな人材を輩出したいのかが漠然としている」と指摘した上で、「ならぬことはならぬ」と規律を重視した会津、「郷中」と呼ばれる地域組織で縦割り教育を行った薩摩など、むしろ風土によって異なる教育が行われてきた史実に注目。「佐賀の会読も佐賀の風土に合う教育だったはずで、それを21世紀の佐賀で地続きにして生かす取り組みでもある」と独特の観点に立つ。
 さらに「ローカルな教育にデジタル技術を組み合わせれば、そこでしかできない教育として世界に発信できる」と目論む。「弘道館2」は全ての講座を動画撮影し、教育現場や企業研修などで自由に使えるようユーチューブで公開している。「受講したり動画を見た若い人たちが、佐賀にゆかりのある先輩たちの言葉から将来の夢や可能性を見出し、まさに『弘道館』の字の通り、道を広げるきっかけになると面白い」
 学校でも塾でもない、第3の教育機関として現代の佐賀に開かれた藩校は、若者たちが無限の道を切り拓く可能性を秘めている。


【弘道館2】

「弘道館2」の特別講座に参加した子どもたちに、江崎グリコの創業者・江崎利一に関するクイズを出す「目付役」の倉成英俊さん=2019年12月、佐賀市の佐賀バルーンミュージアム(撮影・山口源貴)

 幕末・佐賀藩の藩校「弘道館」をモデルに、各分野で活躍する佐賀県ゆかりの講師を招いて学ぶ県の人材育成事業。2017年にスタートし、これまでに画家の池田学さん、竹下製菓社長の竹下真由さん、イラストレーターの326(ナカムラミツル)さん、タレントの優木まおみさん、お笑い芸人のはなわさんなどを講師に14回開いてきたほか、対象年齢を限定するなどした「特別講座」を8回開催している。
 講座ごとにテーマに合わせた場所で開催する「ポップアップ式」で、講座の様子は動画で撮影し、誰でも視聴できるよう後日公開する。講師は佐賀にゆかりのある「先輩」が務め、ワークショップ形式を重視し自由に意見を交わす時間を設ける。
 2020年、NPO「キッズデザイン協議会」(東京)が、子どもの安全・安心と健やかな成長発達に役立つ製品や空間、サービスなどを顕彰する「第14回キッズデザイン賞」で、審査委員長特別賞を受賞した。
 問い合わせは事務局、電話0952(40)8820。

▶ 弘道館2 ウェブサイトはこちら

 

◆クリエイターを目指す皆さんへ

古賀穀堂の墓の前で教育に対する自身の考えを語る倉成英俊さん=2020年11月、佐賀市金立町

「経営的な目線でリアリティーを」

 倉成さんは昨年4月に電通を退社し、さまざまなプロジェクトを社会に提案する新会社「クリエーティブ・プロジェクト・ベース」を立ち上げた。決断したのは、クリエイティブ産業と資金の関係について「経営的な目線も今後必要になってくる」と考えるようになったためだという。
 認知度や面白さが売れるかどうかの大きな価値基準だったバブル経済期とは異なり、現在のクリエーティブ産業界を「一発屋の面白競争では続いていかない時代」と分析。面白く、社会的意義も備えた取り組みを続けていくために、経営という補助線を引くことで「よりリアリティーと接続できる」と考えているという。
 「お金はリアリティーを含んでいる。経営のことがある程度分かっていると、自分のアイデアについて『こういう意味があるから、こういう人が買って続いていく』という目算が立つ」と創作活動の持続性に向けた持論を語り、「社会のリアリティーがよく分かると、社会課題や改善点が見えてくる。クリエイターは社会課題の解決のために皆アイデアを出しているはず」と、期待を込めてエールを送った。

 

● くらなり・ひでとし

 1975年佐賀市生まれ。弘学館中・高-東京大学機械工学科卒、同大学院中退。
 2000年、大手広告代理店「電通」に入社。多数の広告を企画制作する傍ら、プロダクトを自主制作し多数発表。07年、スペインのプロダクトデザイナー、マルティ・ギセのスタジオに勤務。
 帰国後は、日本が議長国を務めるアジア太平洋経済協力会議(APEC)2010、東京モーターショー2011、日本開催のIMF(世界銀行)総会2012、佐賀県有田焼創業400年事業など、ジャンルを問わず国際規模のプロジェクトをリードした。
 14年からは、個人活動を持つ電通社員56人と「電通Bチーム」を組織、社会変革に向け従来にない方法やプロジェクトを提供開始。15年、答えのないクリエイティブな教育プログラムを提供する「電通アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」をスタート。
 20年7月1日、「CreativeProjectBase」を起業。

 

◆ AdverTimes.

(上)宣伝会議が運営するウェブサイト「AdverTimes.」で倉成さんが連載している「好奇心とクリエイティビティを引き出す『伝説の授業』採集」の記事一覧

 

 

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