ミャンマーへの帰国を前に、見送りに訪れた友人らと別れを惜しむハンザー・ニワーさん(中央)=佐賀市川副町の佐賀空港(撮影・鶴澤弘樹)

文化祭で友人とポーズを取るハンザーさん(右)=2018年(友人提供)

友人らと笑顔を見せるハンザーさん(左端)=2019年(友人提供)

 末期がんの治療のため佐賀大医学部附属病院に入院していたミャンマー人の介護福祉士、ハンザー・ニワーさん(24)が24日、帰国の途に就いた。高額な治療費や母親の来日費用を工面しようと、西九州大短大部で一緒に介護を学んだ同胞らが協力。5月に佐賀新聞紙面などで支援を呼び掛けたところ、県内の企業、個人から約250万円が寄せられた。「ひと目兄らに会いたい」という思いもかない、ハンザーさんの帰国につながった。

 ハンザーさんは留学先の西九州大短大部を卒業後、佐賀市の介護施設で約1年間働いてきた。「佐賀で介護福祉士になれて幸せ。勉強もできて仕送りもできる」と友人に語るほど充実した日々を送っていた。ところが今年3月、肝臓にがんが見つかり緊急入院。「お母さんに心配をかけたくない」と、当初は病気を知らせていなかったが、5月に入って意識不明になり、慌てた友人らが母親のタンタンテイさん(67)に連絡した。コロナ禍でミャンマーからの入国は制限されていたが、留学を仲介した業者や友人が外務省などと交渉し、何とか来日がかなった。

 5月中旬、危険な状態だったハンザーさんの意識が戻り、タンタンテイさんは病院近くに借りたアパートから面会に通った。医師からの説明や日常の買い物、手続きなどはハンザーさんの友人が通訳となり付き添ってくれた。ミャンマーは国軍のクーデターで混乱が続き、受け入れ先の病院が決まっていなかったが、帰国当日となった24日朝、ようやく見つかった。

 佐賀空港には、介護施設の同僚や友人ら約40人が見送りに訪れた。ハンザーさんとの別れを惜しむ友人たちは、彼女から見えない場所に移動して涙をぬぐい、おえつを漏らした。

 タンタンテイさんは「娘の友人たちが寄り添ってくれて、安心して過ごすことができた。娘が高度な治療を受けられたのも、佐賀のみなさんの募金のおかげ」と涙ながらに語った。

 同じミャンマー出身でハンザーさんと仲良しのティッティリさん(28)は「移動の車の中で“元気になって日本に戻ってきたら、別府に行こう”と言ってくれた。とにかく今は無事に着いてほしい」と話した。(福本真理)

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