蹴ろくろで茶わんを制作する安永頼山さん=唐津市北波多大杉の鎮西窯

唐津茶わん(左)と絵唐津茶わん

「唐津焼は田園風景のよう」と評する安永頼山さん

土をこねる安永頼山さん=唐津市北波多の鎮西窯

ろくろで作った後、乾かしている器=唐津市北波多の鎮西窯

絵唐津茶わん

唐津茶わん

 茶畑が広がる唐津市北波多の霧差山(きりさしやま)。標高約210メートルの山の中腹に、竹林を切り開いて構えた唐津焼の鎮西窯がある。住居兼展示室の横に造った登り窯と作業場で、安永頼山さん(51)は土と向き合う。昔ながらの蹴(け)ろくろを使って形作られる茶わんは、多くの茶人たちを引きつける。

 島根県出身の安永さんは福岡大を卒業後、地元でサラリーマンとして働く中で美術館や窯元を見て回り、唐津にも訪れ焼き物に触れていた。見たい、買いたい、使いたい、そして作りたいへと変化していった。

 心を動かされたのは東京の展示会で見た山瀬窯、田中佐次郎さん(唐津市浜玉町山瀬)の茶わんだった。「古唐津」で知られる唐津焼だが、現代の作家の作品は別物と思っていただけに衝撃だった。「古陶の力と似た空気を感じた」。

 現代でどうやって作っているのか。その過程を見たくて田中さんの元へ。何度も断られたが、根気強く作陶への気持ちを訴えて30歳の時、弟子入りした。2年学んだ後、土平窯の藤ノ木土平さん(唐津市鎮西町)に師事、3年間修業した。土平窯では朝と昼の休憩時、弟子が茶を点(た)て、「生活の中にお茶があった」。

 唐津焼は「素朴で一見素っ気ないが、使っていても飽きず、手放せなくなる。自然美に近い」と語り、「人と自然がちょうどいい、田園風景」とたとえる。無地の朝鮮系や絵唐津の茶わん、粉引(こひき)の食器、花入れなど多彩に展開する。幾種もの土を研究し、個々の土に合った技法を探求していく。北波多のうつわギャラリー唐津・草伝社店主の原和志さん(50)は「土の中から表情を引き出す」と評する。

 安永さんは2008年に独立し北波多に窯を築いた。当初は「技術が稚拙で目指す物がなかなかできず、市場が求めるクオリティーに追い付いていなかった」と振り返る。ひたすらろくろを回し、テストを繰り返す。原さんの勧めで本格的に始めた茶道の奥深さを感じ、茶の文化を消化していった。土や人との出会い、感じたことが作品に反映されていく。

 コロナ禍の1年余り。売り上げは減少したが、「自分の中でいろいろと整理する時間ができた」。それまで仕事に追われ、「自分のコピーを作ってしまう。準備が間に合わず、新しいことに挑戦できていなかった」と省みる。「自分自身に正直なものづくりをやろうと思うと、楽になった。日々変化していかなくては。自由でないと、面白くない」。新たな唐津焼への情熱が伝わってきた。(辻村圭介)

 

取材メモ

 さまざまな出会いで感じたことを投影し、道具としての命を吹き込んでいる。気鋭の作家は時代の要請に応える変化を楽しんでいるように映った。     

     ◇

 唐津焼の新たな器を生み出す陶芸家を紹介しています。次回は7月22日掲載です。

このエントリーをはてなブックマークに追加