「則天文字」が記された墨書土器。「天」を意味する文字が鮮明に残っている

 中国・唐の時代に15年間だけ使われた「則天(そくてん)文字」を墨書した土器が、神埼郡吉野ヶ里町の西ノ田遺跡から出土した。8点の土器の底の外側に「天」を意味する文字が確認された。国内では東日本を中心に50例ほどの出土例にとどまり、佐賀県内では初めて。

 則天文字は、唐の則天武后(ぶこう)(在位690~705年)が制定した文字群。「天」「地」「人」を意味する文字など、17文字ほどが確認されている。704年に帰国した遣唐使が持ち帰った書写「王勃詩序(おうぼつしじょ)」にも用いられている。唐では則天武后の死去に伴って使用が禁じられたが、日本国内では吉祥文字として、8~9世紀の土器にも墨書された。

 出土した墨書土器は、いずれも高台を持たない土師(はじ)器の杯で、底部に「天」を意味する文字が墨書されている。口径は13・0~13・2センチ、高さ2・6~3・6センチ、底部の径は7・2センチ~8・8センチ。平安時代の9世紀前半のもので、形や土の特徴から現地で製作したとみられる。

 2011年度の発掘で見つかっていたが、その後の調査で則天文字と特定した。九州では鹿児島県や宮崎県で出土例がある。

 西ノ田遺跡からは、奈良時代から平安時代の大型堀立柱建物跡や竪穴住居跡が複数見つかっている。吉野ヶ里町教育委員会社会教育課文化財係の河野竜介係長は「則天文字の神秘的な見た目から、呪術的な効果を期待したものと考えられる。当時は文字を書けるのは一部の人々に限られ、ある種の権威を示した可能性もある」と指摘する。

 出土した墨書土器は、佐賀県立博物館で開催中の「さがヲほる~佐賀県発掘成果速報2021~」で、7月18日まで公開する。(古賀史生)

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