日吉神社がある雑木林(写真下)。吉野ケ里歴史公園の中心部に位置している。写真左奥は北内郭=神埼郡吉野ヶ里町(2019年1月、ドローンで空撮)

 国指定特別史跡の吉野ケ里遺跡(佐賀県神埼市郡)の未調査区域で、北墳丘墓西側にある日吉神社を東側に移転させることで関係者が合意したことが17日、分かった。移転が正式に決まれば、佐賀県が公有地化し、2022年度から発掘調査に乗り出す方針。一帯は長年、考古学ファンの想像をかき立ててきた区域で、新たな発見を目指す調査が動き出すことになる。

 県文化課によると、移転先は北墳丘墓のすぐ東側に位置する。日吉神社や移転先の地権者、県が調整を続け、6月上旬に合意した。日吉神社が今後、神社庁に移転を申請し、許可が得られれば正式に決まる。

 日吉神社は吉野ケ里歴史公園の中心部にあり、敷地面積は4209平方メートル。地権者が神社庁であることなどから、遺跡発見の契機になった30年以上前の工業団地開発に伴う発掘調査や、その後の調査でも発掘対象になっていなかった。

 周辺からは弥生時代中期(紀元前2~紀元1世紀ごろ)の「甕棺墓(かめかんぼ)」が発見されている。吉野ケ里遺跡研究の第一人者で佐賀女子短大元学長の高島忠平さんは、甕棺墓の列が北側から神社付近まで延びているため「続きが出土する可能性がある」と話し「最初に住み着いた草分け的な集団の墓地の可能性もあり、遺跡の中で最も古い墓が見つかるかもしれない」と期待を寄せる。

 神社を巡っては、管理する氏子らが高齢化で参拝が難しくなったとして、公園中心部からの移転に向けた予算措置を県に求めてきた。県は16年から協議を重ね、21年度は公有地化に向けた土地購入費など3854万円を当初予算に計上している。

 遺跡の発掘調査は12年度までで休止している。県文化課文化財保護室は「手続きが進めば発掘することになる。昔から『何かある』といわれてきた場所で、謎が解明される契機になれば」と話す。(岩本大志)

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