何を詠んできたのか、何を詠みたかったのか。宮中歌会始の選者も務める歌人の永田和宏さんは、端的にいえば「時間」だという◆誰にも同じように時間があるが、一瞬、一瞬に何を思い、どう過ごすかはそれぞれに違う。その長いつながりが一生を形づくるのは分かっているが、きのう何をしたのかさえも思い出せないくらいに無意識に過ごしてしまう。永田さんはその時間を記憶として刻み、歌を詠んできた◆本紙に載った連載企画「つぶやく短歌」で、永田さんはコロナ下の日常を数首の歌に残している。〈つながらぬ二人はあれどまあいいか 老いたるばかりのオンライン飲み会〉と気の置けない仲間との楽しい時間を記し、〈退職とかさなり就任とかさなりて われの三月四月のコロナ〉と人生の節目を詠んだ◆きょう10日は「時の記念日」。コロナ下の日常は静かな独りの時間が増えたようで、「いま」の大切さを感じさせる。自由に動き回る生活が当たり前ではなくなり、これからどうなっていくのか、どう生きていくのかを少なからず考えるようにもなった◆永田さんの長女・永田紅(こう)さんは「時間の錘(おもり)」と表現する。漫然と流れていく時間に錘をつける意識が「いま」を大事にしようという気持ちにつながるのではないか。歌は詠めない身ではあっても、いま、この時に錘をつけて。(知)

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