「小川島捕鯨図屏風」右隻(江戸時代後期、森一鳳作、縦117・7センチ)

「小川島捕鯨図屏風」左隻(江戸時代後期、森一鳳作、縦117・7センチ)

絵はがき「呼子港近海捕獲鯨」(昭和期、写真は昭和5年撮影)

「小児の弄鯨一件の巻」(1849年写、縦26・6×横1154センチ)

 唐津藩の一大産業だった捕鯨にスポットをあてたテーマ展「玄界灘でクジラがとれた日」が18日から、唐津市の佐賀県立名護屋城博物館で開かれる。捕獲の様子が緻密に描かれた江戸期の絵図や捕鯨に使われた道具など約50点を展示する。玄界灘沿岸で営まれてきた往時の捕鯨業のにぎわいを伝える。

 鯨のテーマ展は15年ぶり。江戸時代、唐津市呼子町の小川島の近海は和歌山や高知などと並ぶ屈指の鯨の漁場だった。呼子の中尾家が8代にわたって鯨組を経営。小川島捕鯨組が事業を引き継いで明治後期まで続き、約1千人が従事していた。戦後は小型船によるミンククジラ漁が活発になり、最盛期は10隻の船が操業していたという。クジラの乱獲が問題化し、1960年を最後に玄界灘沿岸での捕鯨業は姿を消した。

 江戸期の絵図「小川島捕鯨図屏風」は、網代(あじろ)で追い込む捕獲から解体までを俯瞰(ふかん)して描いている。同館への寄贈に伴って修復してから初めての公開となる。加部島の作業場に引き揚げられた体長20メートルのナガスクジラの絵はがきや、実際に漁で使われていた「万銛(よろずもり)」、剣などの道具も展示する。

 同博物館の学芸員の安永浩さんは「戦後まで一つの漁場で捕鯨業が続いていたのは、全国でもまれなこと。他の地域では不漁により廃業した鯨組も多い中、地域にとって欠かせない産業だった証」と話す。8月29日までで、月曜休館。会期中は学芸員による展示解説(7月4日、8月1日、同29日)や、8月7日午後6時半からナイトミュージアム(要予約)を開く。問い合わせは、電話0955(82)4905。(横田千晶)

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