長崎御往来日記

長崎御往来日記

 小城市文化課の古文書講座で使用しているテキスト「長崎御往来日記」を紹介したい。全52頁で小城9代藩主鍋島直尭なおたかが、長崎警備の巡見のため長崎を往復した記録で、5月11日から18日までの道中の記録が記されている。小城藩家臣日出島家に伝わっていた。

 長崎警備は、江戸時代に佐賀藩と福岡藩が1年交代で務めた長崎港の警備役である。佐賀藩の当番年には、佐賀藩主が長崎に巡見に行くのが通例となっていたが、文政7(1824)年は、佐賀藩主の代理で小城藩主が5月、7月、9月に長崎に行っている。

 「長崎御往来日記」によれば、5月11日七ツ時(午前4時頃)集合し、六ツ半(午前7時頃)小城を出発した。牛津、白石で休憩をとりながら鹿島の濱宿に宿泊した。翌日以降、多良・諫早を経由し14日、長崎の佐賀藩屋敷に到着し、その足で長崎奉行所を訪ね佐賀藩主の名代として長崎に来た旨の挨拶を行っている。翌15日朝には、乗船し番所の巡見を行っている。午後には長崎奉行所に立ち寄り帰りの挨拶を済ませ帰途についた。5月18日、濱宿から小城に向かう途中で、鹿島にて鹿島藩に嫁いだ姉の於篤と面会している。

 ちなみに、7月は武雄・大村経由、9月は鹿島・多良経由で長崎に行っており、状況に応じてルートがとられていたようである。

(小城市教育委員会文化課・田久保佳寛)

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