龍造寺隆信が身に付けていたとれる脇差。銘「相州住国次作/永正十一年二月日」(国次、1514年、館蔵)

中広形銅戈(弥生時代、個人蔵・県立博物館寄託)

有柄銅剣(弥生時代、館蔵)

刀 銘「肥前国一吉作/平成六年八月吉日」(中尾一吉、1994年、小城市教育委員会蔵)

中広形銅矛(弥生時代、文化庁蔵・県立博物館保管)

 佐賀の刀といえば、江戸時代の肥前刀、とりわけ鍋島家お抱えの名工・忠吉の刀が名高い。歴史をさかのぼると、考古学研究で貴重な弥生、古墳時代の貴重な青銅製の刀剣類も発掘されている。博物館のテーマ展では、弥生時代から現代まで、2千年以上の佐賀の刀剣史を物語る約40点が一堂に会する。

 弥生時代、大陸からの青銅製武器の伝来で日本の刀剣史は幕を開ける。全国でも類を見ない「有柄銅剣」(県重文、弥生時代)は取っ手が平たく、その先端は円盤状。当時、日本にその形状は存在せず、中国大陸から伝わったものと考えられる。

 当初、武器として伝わった武器は、次第に大きく平たい祭器へと変化を遂げる。「中広形銅戈」(弥生時代)は武器としての仕上げの研磨が入念には施されておらず、祭器として作られたと考えられる。全長80センチと大型の「中広形銅矛」(弥生時代、国重文)。矢羽根状の研ぎ分けが特徴で全国27例のうち、半数の13例は県内から出土している。

 今回、訪れた人たちの注目を集めているのは、龍造寺隆信が沖田畷の戦い(1584年)で島津・有馬連合軍と激突して、討ち取られた際に携えていたと伝えられる神奈川県の国次が手掛けた脇差し。実戦が想定されたためか、軽量化のための細い溝が施されている。

 また、刀の切れ味の格付けで最上位の初代忠吉の傑作は、刀の刃の反対側が途中からそぎ落とされた「冠落とし」から、その高い技術を見て取れる。

 県内の刀鍛冶3人の作品も並ぶ。父の代から作刀を続ける中尾一吉さんの刀(1994年)は、バランスの取れた直刃など、随所に忠吉の晩年頃の作品を意識したものと考えられる。ほかに、西村淳さん、今川泰靖さんの刀を紹介している。

 阿部大地学芸員は「佐賀は肥前刀以外にも質の高い刀剣が多く出ている。研究する上でも珍しい刀を見てほしい」と話す。(福本真理)

 ▼「悠久の佐賀刀剣史」は県立博物館3号展示室で13日まで。

 

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