初期伊万里小皿(しょきいまりこざら)見立(みた)て平盃(ひらさかずき)
 口径7.5センチ、高台径3.8センチ、器高2.5センチ
無地唐津茶碗(むじからつちゃわん) 見立て片口(かたくち)
 口径9~13センチ、高台径4.5センチ、器高5.5~7センチ

無地唐津茶碗 見立て片口(右)と初期伊万里小皿 見立て平盃(撮影・村多正俊)

 骨董(こっとう)の愉(たの)しみのひとつに“見立て”がある。“見立て”とは、本来の目的を離れて違う目的に使う事であり、大概が格上げ作業になる。例えば雑器の小壺(つぼ)を見立てて寒い頃の自服用の茶碗(ちゃわん)にしたり、小皿で若干、深めの物を夏の平盃(ひらさかずき)にしたり、多少、使いにくくても、その器を愛すればこそ、愛着も、また深くなるのである。

 今日は、そのような“見立て”の一例を紹介したい。

無地唐津茶碗 見立て片口

 

無地唐津茶碗 見立て片口の高台

 

 写真の片口は、よくある寸法の唐津の小服茶碗。窯の中で一部、何かに付着して口辺が尖(とが)った形になった。箱には「唐津片口式茶碗」と書かれているが、本来、片口には生まれていない。これが掘り出された頃、片口を酒器に見立てる事はなかったので、旅茶碗か小鉢に使うしかなかった。現代では、旅茶碗より酒器としての片口の方がずっと需要が多い。私も、これを手にするなり「なんとか片口にならないか」と思案したものだ。なにせ、使いにくい片口と言ったら、酒の切れが悪く、用心して酒を注いでも、ボタボタと盆に落ちて、その様は、溜(た)め息が出るほど、残念で立ち直りにくい。半面、片口を返した時にピッと切れたら、片口に向かい拍手を送りたくなる。

 さて、この片口は、酒を注いだ後、平に戻す時に、一瞬の手首の返しが必要だが、長年、見立てで苦労した私には、赤子の手を捻(ひね)るが如く、扱いには苦労がない。

 寄り添う盃は、初期伊万里の小皿である。これは珍品堂(秦秀雄氏)の品物の整理を頼まれた時、箪笥(たんす)の引き出しに眠っていた物である。見た瞬間、稀(まれ)に見る初期伊万里の逸品だと見て取れた。あどけない巴文は三方に描かれ、こちらを見て笑っているように見える。心の中で「これを盃に」と思いつめた。思いつめたから「これを僕に」と傍らに居るご子息に懇願した。私の切ない思いを察してくれたように「それはカツミさんが見つけたから」と快諾してくれた。

 その日の晩、唐津と初期伊万里の見立ての取り合わせを試みた。ごく、当たり前の事だが、唐津も伊万里も同じ肥前のやきものである。まるで兄弟のように食卓に並んでくれた。

 


かつみ・みつお 1958年、東京・新橋で古美術商を営む家に生まれる。10代から西洋骨董(こっとう)に目覚め、大学卒業後、10年間、西洋骨董店で修業。その後、古美術「自在屋」4代目を継承。東京・渋谷区の自宅に店を構える。著書に『骨董自在ナリ』(筑摩書房)など多数。

 

解説

 骨董好きの「見立て」。モノを本来とは別な用途に用いることを言いますが、古唐津で言えば「小皿の平盃見立て」がまず挙げられます。口径はおよそ10センチぐらいで見込が小深いもの…盃の用に足りうる小皿はこういった条件をクリアしたものです。以前にも記しましたが、筒盃や碗なり盃にはなかなかにお目にかかれませんがこういった小皿はまだまだ市場に数多存在しています。骨董屋さんや古唐津愛好家たちはそれらを「盃としてつかえないものか」と目利きし、争奪戦を繰り広げています。そんな過程を経て、ようやく手元にやってきた小皿を「平盃」に見立て、実際にそれでお酒を呑んでみる…自分の思いとモノ、それらが良い具合にピタリとはまれば、それはそれはうれしいものです。

「見立て平盃」へのアーカイブはこちら→
<サカズキノ國(7)>酒器の衣替え、平盃で独酌 小深い酒溜まり 村多正俊|暮らし・文化|佐賀新聞ニュース|佐賀新聞LiVE (saga-s.co.jp)

 さて、本紙において勝見さんが綴ったのは見立ての酒器二つ。

 

 一つめは焼成時に歪んでしまい、商品にならず物原(窯場の欠陥品捨て場)に捨てられた「めし茶碗」の「片口」見立て。よくもまぁうまい具合に歪んだものです。本紙でも綴られていますが酒器としての片口のキモはお酒のキレにあり、くちばしとも称される注ぎ口がそのカギを握っています。お酒のキレは注ぎ口の薄いものが断然に良く、厚いものは注ぐごとにダラリとお酒が垂れてしまい、酒席の興がそがれてしまいます。やっと出会えて大枚はたいた古唐津の片口。喜び勇んで独酌に臨み、それが「ダラリ系片口」であったら…私自身この「ダラリ系片口」を買ってしまい、最初は悔しくて無理くり使用していましたが、その感じがどうにもストレスで次第に手が遠ざかり、売ってしまった経験があります。

見立て片口 見込
見立て片口 高台

 今回の「見立て片口」は、といったら…なかなかどうしてお酒のキレが良いんです。勝見さんが書かれているようにお酒を注ぎ終わるタイミングでひょいとスナップをきかせるとピッ、ときれいにお酒がキレる、気持ちよく決まるわけです。このキレであればお酌のタイミングで要らぬストレスを感じることはありません。古唐津の片口でキレが良く、ダメージの少ないものにはなかなか出会えないのが現状。そういった意味でもこの見立て片口は佳品といっても過言ではないと思います。手持ちがよく、フォルムもなんともかわいらしいものです。

 さて、いつものようにこの見立て片口がどこの窯で焼かれたのかを見ていきましょう。「古唐津片口式茶碗」と箱書きされた古い合わせ箱には丁寧にも松浦系道園(どうぞの)窯の発掘ものである旨を記した古い紙片が入っています。

松浦系道園古窯

 絵唐津の優品を焼いていたことで古唐津好きの間では著名な窯、道園…その情報がインプットされた状態で改めて高台を見てみると、なるほどキメが細かく、明るいビスケット色を呈した陶土は確かに道園の産のようにも見受けられます。砂岩を主成分とし草木を焼成した灰と合わせた土灰釉の同窯産のものに雰囲気もとても近しいものです(一方、平戸系諸窯の産かも、という思いも一瞬よぎったことも記しておきます)。このあたりは私の周りにも一目でどこの窯かを言い当てる陶片マスターがおりますので意見を聞いてみたいところです。

松浦系道園窯 陶片

 

平戸系小溝山上窯(こみぞやまうえがま)陶片

 

 二つ目の見立て。

 この連載でも頻繁に名があがる古美術評論家、秦秀雄さんの旧蔵。ラフな巴紋が見込に描かれた江戸前期の初期伊万里輪花小皿を平盃に見立てたものです。さすが珍堂先生のセレクトといった感じで前述の片口と木地盆に置いてみると見立てもの同志、良い佇まいで収まります。この見立て平盃はどこの窯で焼かれたか、ということになります。磁器に関してはそう明るくない私は師匠と崇める長崎のMさんに助けを求めました。すると師曰く「佐世保市木原町にある地蔵平(じぞうだいら)窯あたりではないか」とのこと。類型白磁片もご覧になられているそう。型押しで、しかも口辺には鉄釉が施され、蛇の目高台に精緻とは言えないまでもさらりとした筆致に味がある三つの巴紋の絵付けとなんでもあり感…一見、時代は初期とは言い難い少し下ったモノのような印象を受けましたが「ギリ初期伊万里」と言えるもののようです。ある意味、この目の利かせ方が珍品堂、秦秀雄さんの真骨頂であるように思えます。

初期伊万里 輪花平盃

 

見込み 高台

 

 個人的に無地の古唐津と染付のある初期伊万里の組み合わせが酒器取り合わせとして最強だと思っています。前述の通り、こういった「見立て可能なもの」であればネットオークションでひょいと出会えたりするのではないでしょうか。出会った時のドキドキ感、自分なりに「こうやって使ってやろう」と思いさだめ「絶対手に入れる!」と心中決して入札期日を待つ感じは嫌いではありません。こういうところも今という時代の骨董の楽しみ方なんでしょうね。

 ちょいと琴線に触れるモノを自身のセンスで見立て、自在にコーディネイトして日々の生活を楽しむ…まさに自在屋 勝見充男の独壇場だなぁ、と今回のセレクトをみて感じ入っている次第です。

(解説・写真 村多正俊)

サカズキノ國
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