昨年はコロナ禍により中止を余儀なくされた「佐賀美術協会展(美協展)」が、2年ぶりに佐賀市で開かれる。大正時代に始まった全国でも最も古い美術展で、これまでに中止されたのは戦時中だけだった。今年もコロナ禍により開催が危ぶまれていたが、まずは伝統の再開を喜びたい。

 103回目を迎える美協展は、1914(大正3)年の第1回展以来、佐賀の美術界の中心に在り続けてきた。最大の特徴は、美術団体の垣根を越えて出品されるという点だろう。さらに、人間国宝など現代を代表する作家から、次世代を担う高校生まで、あらゆる世代の作品が一堂に集まるという意味でも貴重な機会である。

 佐賀の美術界の底上げにつながってきたことは言うまでもない。美協展を源流とする佐賀の美術史を読み解く上で、美協展の創立メンバーであり、日本の近代絵画をリードした岡田三郎助(1869~1939年)の存在は大きい。

 今春、佐賀県立博物館・美術館が発表した「調査研究書第45集」が、興味深い論文を二つ掲載していた。同館の松本誠一館長による講演録「岡田三郎助の美の世界~その創造の軌跡」と、学芸員の秋山沙也子さんの「池田学<<誕生>>における海の表象についての考察」である。

 岡田を佐賀の美術史における“原点”と位置づけるならば、もう一方の画家池田学さん(1973年~)は“現在”を体現していると言っていい。

 まず、岡田作品の本質について、松本館長は「和魂洋才」をキーワードに読み解く。西洋文化を急激に吸収した明治期にヨーロッパに渡った岡田は、洋画の技法を自らのものに消化してみせた。「日本の伝統的な優美な色彩表現を西洋美術のさまざまなかたち、形態を借用しながら、そこに和と洋との、日本と西洋との融和された美の世界を創りだそうとする試みであった」と松本館長は指摘する。

 一方、現在は米国・マディソンに制作の拠点を移している池田さんは、ペンによる細密画で壮大な世界を紡ぎ出す。佐賀新聞に連載中の「マディソン日記」で毎月、制作の裏側を明かしているが、その作品世界には私たちが生きる現代社会が深く投影されている。

 代表例が、東日本大震災の津波をモチーフにした巨大な作品「誕生」だった。学芸員の秋山さんは、池田さんが描く「海」の表現がどう変化していったか、という観点から作品の本質に迫っている。

 初期の作品では平面的に描かれていた海が、立体的へと進化を遂げる。さらには、霧や雪、温泉など作品のいたるところに配置された「水」の変容していく姿に「水を介して異なる時間軸が共存し合い、水が別の世界をつなぐ架け橋ともなっている」と指摘する。

 水を媒介として、異なる時間軸を融合させ、空間をも超える。それが、池田作品の特徴というわけだ。制作中の次回作のテーマもまた「海」であり、マディソン日記を読む限り、そこにコロナ禍で変貌した世界が映し出されると予感させる。

 11日に開幕する美協展もまた、コロナ禍とは無縁ではいられない。コロナ禍における文化の存在意義を示せるか。本展が佐賀の美術史に、新たな1ページを加えると期待したい。(古賀史生)

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