大木川の流れ。昔川沿いに水車が並んでいた

 鳥栖市神辺町は市域の北東部に位置し、権現(ごんげん)山や九千部(くせんぶ)山の水を集めた大木川が流れています。

 大木川は古代は基肄きい郡と養父(やぶ)郡の郡境で、大木は「大岐」、つまりここが境界であることを意味していたようです。

 ちなみに神辺は、大木川下流の基里地区ともども基肄郡(下郷)に属します。したがって、御幸(みゆき)などの祭りは昔、下郷惣社・曽根崎老松宮に奉納していました。

 神辺を流れ下る大木川は流れが速く、米を搗(つ)き麦を粉にする水車を設置するのに最適な場所でした。

 粉にしたものを篩ふるい分けるのは絹布でしたが、篩絹ふるいぎぬを売り歩く業者の「水車巡路道詳覧図」には、水車十二ヶ所、月の数ほど有り、四里諸方から粉引き人がやって来る、と記されています。(『鳥栖市誌第5巻』参考)

 (鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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