プロレスラー木村花さんがテレビ番組出演を巡り会員制交流サイト(SNS)で誹謗(ひぼう)中傷を受けて自殺してから1年余りが過ぎた。この間、心ない書き込みをした男性2人が侮辱罪で略式起訴され、4月には改正プロバイダー責任制限法が成立。事業者に情報開示を請求する手続きが大幅に簡略化され、匿名の投稿者を特定しやすくなる。

 しかしインターネット上では無責任で悪質な投稿が後を絶たず、新たな被害を防ぎきれないとして、さらなる対策を求める声は根強い。木村さんの母はこのほど、自民党の対策プロジェクトチーム(PT)に要望書を提出し、侮辱罪の厳罰化や事業者に対する協力の義務付けなどを訴えた。

 「いつ死ぬの?」「死ねやくそが」などと書き込んだ男性2人は、いずれも科料9千円の略式命令を受けた。侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」。拘留は30日未満、科料は1万円未満にとどまり、公訴時効も1年と短い。場合によっては自殺の引き金にもなりかねず、1万円未満の納付で済むのは軽すぎないかという疑問は自然だろう。

 新型コロナウイルス対応の緊急事態宣言が延長される中、「感染者」とデマを流されるなどの被害も相次ぐ。ネットの荒廃を防ぎたい。ただ厳罰化は発信を萎縮させて表現の自由を損ないかねない。政治家や企業によって批判封じに利用される恐れもあり、乱用に歯止めをかける必要がある。

 改正プロバイダー責任制限法は来年秋ごろまでに施行される。これまで匿名の投稿者を特定するには、SNS事業者やプロバイダーと呼ばれる接続事業者を相手に2回の訴訟を起こす必要があった。新たな制度では1回の申し立てで、裁判所が情報開示の適否を判断する。開示情報には投稿者の氏名や住所、ログイン記録などが含まれる。

 木村さんの自殺を受けて自民PTが昨年6月にまとめた提言に「迅速な発信者情報の開示」があり、中傷対策を後押しする世論の高まりもあって、1年足らずで法制化にこぎつけた。また提言は厳罰化や公訴時効の延長なども要請。法務省で検討が進められている。

 法務省によると、全国の法務局に寄せられたプライバシー侵害などネット上の人権侵害に関する相談のうち昨年、人権侵犯事件として処理したのは1917件。被害者に削除依頼の方法などを教える「援助」が半数を占めるが、法務局が直接プロバイダーなどに削除を求める「要請」が578件で過去最多だった。

 ただ泣き寝入りも多いといわれ、統計に表れた数字は「氷山の一角」とみた方がいいだろう。

 書き込みは匿名をいいことに極めて悪質なものが多い。木村さんの死後に「あんたの死でみんな幸せになったよ。ありがとう」と投稿した男性もいた。木村さんの母がツイッター社などに情報開示を請求して特定。東京地裁は遺族の心情を傷つけたとして賠償を命じる判決を言い渡したが、この訴訟で男性は一度も弁論に出廷せず、書面による反論もしなかった。

 反省のかけらもうかがえない。情報開示制度が創設され、投稿者の法的責任を問うために裁判を起こす場合の負担はかなり軽減される。とはいえ、批判的な投稿者を割り出すための道具として制度が使われることも考えられ、慎重の上にも慎重な運用が求められる。(共同通信・堤秀司)

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