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 子育てにおけるパパとしての関わりを通じて、色んなことを思う今日この頃。子育ては「期間限定」と捉えている私にとっては日々かけがえのない毎日なのです。

 先日、小学1年生になった長女(まはろ)が、体調が悪かったのか久しぶりに抱っこしないと寝つかない日があった。なかなか普段、こういう抱っこはする機会がなかったので、パパは嬉しかった。 でも、こんな抱っこをさせてもらえるのも、これが「最後の日」かな?とも思った。カタカナや漢字の練習をするようになってきた娘を見て、もう、ひらがなを教える日は来ないんだろうな…と思った。

 オムツを交換する娘にも、もう二度と会うことはできない。ご飯を食べさせることもなくなり、パパ! と可愛らしく呼んだり、手を繋いで歩いてくれたりする最後の日も、きっと、いつか来るんだろうね。

 思い返すと、ハイハイした最後の日、保育園に泣かなくても大丈夫になった最後の日、傍にいないと寝られなかった最後の日。お友達の家に一人では行けなかった最後の日。実家に一人では泊まることが出来なかった最後の日。大切な節目の日のことなのに、私も忘れているし、娘も覚えていないんだろうね。

 でも、これからもパパはいる。誰かのオムツ交換や、抱かれている赤ちゃん、保育園に泣きながら登園している子どもたちを見るたびに「あんな日もあったね♪」って、一緒にパパと思い出そうね。漢字を覚えたり英語が書けるようになったりした時には、ひらがなを教えた時のことをパパと話そうね。

 あなたがいつか親になった時、あなたがパパを親にしてくれた時のこと、ママが命を懸けて産んでくれた時のことを伝えるね。そんな時のためにも、きっと「いま」の「パパ」が必要なんだよね。

 だから大丈夫。最後の日があっても大丈夫。いつかきっと、大人になったあなたとの時間に繋がるから。(パパ記者・片桐亮=いまパパ~いまりパパネットワーク~代表)=片桐さんのコラムは随時掲載しています。

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