軽率な言葉によって傷つく人がいる、分断や差別を助長することに思いが至らないのか。あまりに無神経と言わざるを得ない。新型コロナウイルス禍のさなか、政治の言葉の貧困さを物語る出来事が起きた。

 一つは、内閣官房参与を辞任した高橋洋一嘉悦大教授のツイッター。国内のコロナ感染状況を「この程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」などと投稿し、激しい批判を浴びた。菅義偉首相によると、高橋氏から「申し訳ない」と謝罪があり、辞任の申し出があったという。

 内閣官房参与は、経済・金融やエネルギー政策、外交といった専門分野に応じて首相に意見を述べる役回りだ。非常勤の国家公務員で、首相が任命する。菅政権発足時の昨年9月に就任した高橋氏は主に経済、財政政策で首相に助言していたとされる。

 政策決定に直接的に関わっていないとはいえ、首相のアドバイザー役が、コロナの感染で約1万3千人が死亡、地域によっては、医療が崩壊し、入院もできずに重症化して命を落とすケースが相次いでいる状況を知らないわけではあるまい。

 東京五輪・パラリンピックの開催についても、ワクチン接種が出遅れ、新規感染者を抑え込めない中で、コロナ対応を含む通常の医療に支障を来さないか、多くの市民が不安を感じていることも認識しているはずだ。

 にもかかわらず、高橋氏は「さざ波」「笑笑」発信に続き、緊急事態宣言の行動制限について「欧米から見れば戒厳令でもなく『屁(へ)みたいな』ものでないのかな」とツイートした。

 亡くなった人の家族、今年に入り132日間に及ぶ緊急事態宣言に伴う休業・時短営業要請で、閉店に追い込まれたり、存続に四苦八苦したりする飲食店などや、職を奪われた人。コロナ、ワクチン対応に追われる医療従事者やエッセンシャルワーカー、保健所の職員。そして我慢の生活を強いられている多くの市民…。こうした人たちが、「さざ波」「笑笑」「屁みたいなもの」という言葉を聞きどんな感情を抱くのか、想像力の欠落にあぜんとするほかない。

 今回の辞任劇は、SNSの持つ危うい一面も浮き彫りにしている。誰もが自由に発信できる便利なツールは、自分と同じ考えの仲間と簡単につながり、異なる意見の持ち主を徹底的に攻撃して爽快感を味わう、すさんだ光景を出現させた。他者への気遣いの喪失した世界が広がっていないか、いま一度考えてみたい。

 折しも、LGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案を巡る自民党内の論議で、「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」「ばかげたことがいろいろ起きている」などの声が飛び出した。

 菅首相も延長に延長を重ねる緊急事態宣言の出口の基準を明確に示しているとは言い難い。東京五輪で海外からの選手や関係者と市民の接触を防ぐ対策を強調して「安全・安心の大会」を叫んでも、市民が知りたい医療体制との両立や人の流れを抑制する方途を具体的に語らない。

 長引くコロナ禍で皆が疲弊している。だからこそ、政治の場に求められるのは、痛みに配慮した温かいまなざし、そして安心を与えるメッセージだろう。嘲笑の言葉はもってのほかだ。

(共同通信・橋詰邦弘)

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