佐賀経済同友会などがまとめた「肥前地域活性化プログラム」について説明する指山弘養代表幹事(当時)=2006年4月、佐賀市のホテルニューオータニ佐賀

 5月31日未明に亡くなった佐賀銀行元会長の指山弘養氏(81)。経済界だけでなく、社会福祉、防犯、スポーツなど幅広い分野で顔役を務めていた。信望厚い重鎮の突然の訃報に、関係者から悼む声が相次いだ。

 佐賀銀行初の生え抜き頭取として、住宅金融専門会社(住専)破たんや金融自由化など環境が変化する中、経営基盤強化に尽力。多難な時期のかじ取り役を務めながら、2001年から9年間、県商工会議所連合会会長として県内の経済発展にも尽くした。

 同連合会の陣内芳博会長(佐賀銀行会長)は「特に佐賀空港の活性化、利用向上に対して力強くけん引していただいた」と強調。「これからの佐賀の発展のためにも、大所高所からのご意見、ご指導をお願いしたいと思っていたが、本当に残念でならない」と述べた。

 中学からの学友で弁護士の安永宏さん(81)=佐賀市=は「『指山』『安永』とお互いに呼び捨てにする間柄。涙も出ないぐらい、がくぜんとしている」と胸を痛めた。指山氏の人柄を「度量が大きく、頼りがいがある。人を引きつける魅力があった」と振り返り、旧友をしのんだ。

 日本赤十字社県支部支部長、県防犯協会会長などを歴任。親交があったミズホールディングスの溝上泰弘会長(76)=佐賀市=は「政財界、農業界などあらゆる分野に通じ、誰からも尊敬され、佐賀が誇る七賢人に勝るとも劣らない方だった」と話す。

 自身の後援会名誉会長を務めてもらっていた山口祥義知事は「県の施策や県政課題などいろんなことを相談させていただいていた。県内の経済人からの信頼も厚かった」と惜しんだ。(大橋諒、岩本大志)

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