愛知県の大村秀章知事に対するリコール(解職請求)運動を巡る署名偽造事件で、県警は地方自治法違反の疑いでリコール運動事務局のトップや幹部ら4人を逮捕した。民意の捏造(ねつぞう)というべき悪質な犯罪行為だ。基になる名簿の取得や資金の提供、他人の名前を署名簿に書き写す人手の確保などがかなり組織的に行われたとみられている。

 リコールは首長や議員を解職できる住民直接参加の手続きで、地方自治法に定められている。有権者の3分の1以上の署名を集め、選挙管理委員会が有効と認めれば、選管に解職を請求。60日以内に賛否を問う住民投票が実施され、賛成が有効投票の過半数に達したときに解職が成立する。

 運動事務局が提出した約43万5千人分の署名の8割以上について愛知県選管は「無効」と判断し、刑事告発していた。民主主義の一端を担うリコール制度の信頼性を損ないかねない。さらに署名活動はリコール運動に限らず、政治や行政に市民たちが意見を示す手段として幅広く用いられており、そうした真面目で地道な活動にも影響を及ぼさないか気掛かりだ。

 大村氏と敵対する政治家や著名人がリコール運動を全面支援したことも忘れてはならない。警察が動きだした途端に「関係ない」「不正を指示するわけがない」などと発言しているが、有力者が運動にどのように関わったかも含め、全容を徹底解明する必要がある。

 リコール運動の発端は、芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」。元従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」などの展示を巡り、美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が「愛知県の恥だ」と反発して、実行委員会会長だった大村氏のリコール運動を展開する政治団体を立ち上げた。

 高須氏はツイッターなどで署名集めをする人を募集。少女像の展示中止を求めた河村たかし名古屋市長は「応援団」に名乗りを上げ、かつて自身が主導した名古屋市議会のリコール運動で集めた数十万人分の名簿の一部を今回摘発されたリコール事務局に提供し、積極的に街頭演説もした。

 日本維新の会副代表を務める大阪府の吉村洋文知事も賛意を表明。逮捕された事務局のトップは元愛知県議で次期衆院選に愛知5区から日本維新の会公認で立候補する予定だったが、疑惑発覚の直後に辞退している。

 署名偽造は、事務局から依頼を受けた名古屋市の広告関連会社が募集したアルバイトを佐賀県内の貸会議室に集めて行われ、用意された名簿を基に署名簿に他人の氏名や住所を書き写させたとされる。事務局には、広告関連会社に宛てた発注書が残っているという。

 選管に提出された約43万5千人分の署名のうち、複数の人物が同じ指印を何度も押したとみられるのが約10万8千人分に上る。提出署名はリコールの法定数である約86万6千人分の半分程度にとどまり審査の対象外だったが、運動関係者から不正があったとの指摘があり、選管が調査した。

 高須氏は「河村さんに手伝ってくれと言われ、応援のつもりだった」とし、河村氏は「高須さんがやる気になっていると聞き、応援すると電話した」と説明した。誰がリコール運動を主導し、誰の指示で、どのような経過をたどり署名偽造に至ったのか、細大漏らさず明らかにしてほしい。(共同通信・堤秀司)

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