初夏の風に麦の穂が揺れている。小さな芽が徐々に伸び、鮮やかな緑になったと思っていたら、日ごとに黄金色に染まった。麦秋の中の通勤は、佐賀暮らしの特権である◆ハンドルを握りながら、単純な頭には『麦の唄』(中島みゆき作詞・作曲)が流れる。2014年秋から放送されたNHK連続テレビ小説「マッサン」の主題歌として作られ、力強い楽曲と歌声は一日の始まりに元気をくれた◆早春の「麦踏み」の印象からだろうか、麦には苦難に堪え、乗り越えていく人の一生が重なる。〈麦は泣き/麦は咲き/明日へ育ってゆく〉と繰り返す最後のフレーズに、聴く人はそれぞれの来し方を思い、気持ちを新たにしたのではないか◆日本とスコットランドを舞台に生きた主人公夫妻ほど壮大な人生を送る人はそういない。多くは平凡、安穏の形容が浮かぶのかもしれないが、そんな中にも〈麦は泣き/麦は咲き〉の時期はあっただろう。誰もが喜怒哀楽を繰り返して今がある◆今年は早い梅雨入りで刈り取り前の雨が気掛かりだが、収穫が終われば佐賀平野は田植えの季節。早苗が伸び、穂をつけ、秋にはまた黄金色が広がる。コロナ下にあっても変わらない佐賀の風景。右往左往せずに、自分なりの精いっぱいで日々を過ごすとしよう。歩みは遅くとも、〈明日へ育ってゆく〉と信じて。(知)

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