半世紀以上を経て再び、佐賀県を聖火ランナーが駆けている。新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、福岡県がリレーを取りやめるなど緊迫感も高まる。コロナ禍により1年の延期を余儀なくされた東京オリンピック・パラリンピックは、開催そのものが危ぶまれている。

 現在、佐賀市の県公文書館で、所蔵資料展「1964から2020へ~佐賀を駆け抜けた聖火」が8月1日まで開かれている。上映されている1964年当時の記録映像では、聖火を一目見ようとする人々が波のように詰めかけ、沿道の家々の屋根にまでよじのぼっている。ランナーは緊張しつつも、誇らしげだ。

 アジア初のオリンピック。その歴史的な瞬間に立ち会うという高揚感に、日本中が包まれていた。

 それに対して、コロナ禍の今、私たちは沿道から声援を送ることさえ自粛せざるをえない状況だ。菅首相は「人類が新型コロナに打ち勝った証しに」と述べたが、勝利どころか、国内の感染者数を抑えることもままならない。国民の多くが、現状での実施に疑問や不安を抱いているのが実情だろう。

 このまま五輪開催を強行すれば、逼迫(ひっぱく)した医療現場の現実から目を背け、感染拡大のリスクを国民に負わせた大会として記憶されることになりはしないか。国民のほとんどがワクチン接種さえ受けておらず、選手派遣をためらう国が相次ぐ事態さえ考えられる。

 だが、仮に東京五輪が中止になった場合、ランナーたちの努力は無駄になってしまうのだろうか。

 ランナーが掲げる桜のトーチは、5枚の花びらが美しいフォルムを織りなす。きょう最終ランナーを務めるデザイナーの吉岡徳仁さん(佐賀市出身)の作品だ。東日本大震災の被災地、福島県の小学校で子どもたちと一緒に描いた桜の花からヒントを得たのだという。素材のアルミの3割は、被災3県の仮設住宅で使われたアルミ廃材を用いてもいる。

 2020東京五輪の理念は、東日本大震災からの「復興五輪」である。その理念を消し去るわけにはいかない。

 今回の聖火ランナーには、先日急逝した“平成の三四郎”、柔道の古賀稔彦さん(享年53)も参加する予定だった。生前、神奈川県川崎市の道場を訪ねて話を聞いたことがある。スポーツと子どもたちの成長に話がおよび、「誰かから応援してもらうという経験は、子どもの成長にとっても特別なだけでなく、同時に応援してくれた人のことを気にかけるようになる。大切なのは、異なる世代が同じ空間で過ごすこと。その鍵になるのがスポーツだと思う」と熱っぽく語っていたのが印象深い。

 苦境をはね返し、3度の五輪出場、そしてメダルを手にした古賀さんならではの言葉だったと思う。

 ギリシャで採火され、被災地・福島県からスタートした聖火の道のり。佐賀県内では13歳から80歳まで合わせて約180人のランナーが、全20市町を駆けていく。聖火ランナーがつないできた五輪の理念は、たとえ大会が実現しなくとも損なわれるわけでない。応援し、応援されるという関係性は、コロナ禍を生きる私たちに、この苦境を乗り越える勇気を与えてくれるだろう。(古賀史生)

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