日本国憲法は3日、施行から74年を迎えた。新型コロナウイルス感染症で3度目の緊急事態宣言が東京など4都府県に発令され、昨年と同様に憲法が保障する基本的人権が一部制約される中での憲法記念日である。

 私権を制限するさまざまな規制によって、国民は不自由な生活を強いられている。休業要請や解雇・雇い止めで生活の糧を奪われた人も多い。憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は守られているだろうか。

 自民党や自治体首長には、個人の権利をさらに規制する法整備や、緊急事態に内閣の権限を強化する条項を新設する改憲を主張する声がある。

 しかし、コロナ禍に乗じた私権制限の拡大や拙速な改憲論議は認められない。危機の事態にこそ「基本的人権の尊重」などの憲法の基本原理を再確認し、国家権力は憲法に縛られるという「法の支配」を徹底すべきだ。

 3度目の緊急事態宣言の発令に当たって、菅義偉首相は「思い切った人流抑制に踏み込んだ」と強調した。強い措置の一例は、酒類を提供する飲食店への休業要請だ。

 しかし、その法的根拠は新型コロナ特別措置法にも同施行令にもあらかじめ明記されていない。施行令に基づいて厚生労働相が「必要な措置」と定めて追加されたものだ。確かに感染防止の対策は徹底しなければならない。だが、営業の自由を侵害する恐れのある規制を内閣の一存で拡大していいのか。国会で十分に審議すべきではないか。

 感染を抑えられない原因は冷静に分析すべきだ。大阪府の吉村洋文知事は「個人の自由に義務を課す法令が必要だ」と述べた。しかし、まず問われるのは十分な補償措置を伴わない私権制限の在り方だろう。

 自民党などが主張する緊急事態条項も現実を踏まえた議論が必要だ。コロナ対応で明確になったのは、現場に近い自治体の役割の重要性だ。内閣の権限強化よりも、地方への権限委譲や国と地方の連携体制の見直しなどを急ぐべきだ。

 安倍、菅両政権の下で「法の支配」はないがしろにされてきた。菅首相による日本学術会議の会員任命拒否は、会員の定数を定めた学術会議法上の「違法状態」を生じさせている。「学問の自由」を侵害しているとの指摘に対して、首相は一切説明していない。

 安倍前政権は、従来の憲法解釈を閣議決定で変更し、集団的自衛権の行使を解禁する安全保障関連法を2015年に制定した。政府の法令解釈を担う内閣法制局も厳格さを失っていると指摘せざるを得ない。

 平和主義の意義も再確認したい。中国の軍拡や北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威に対抗し、敵基地攻撃能力の保有や9条改正論が自民党などで強まっている。だが、平和的な解決しか日本が取る道はあり得ない。

 自民党は9条への自衛隊明記など4項目の改憲条文案をまとめ、早期審議を主張している。主導してきたのは安倍晋三前首相だ。しかし、安倍氏自身が昨年9月の退陣表明の記者会見で「国民的な世論が十分に盛り上がらなかった」と認めたように、国民には早急な改憲を求める声はない。

 コロナ禍に求められるのは、現実を踏まえ、本当に必要な憲法改正の課題があるのかを冷静に議論することだ。(共同通信・川上高志)

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