支えられて 第4回

 2015年4月7日、脳出血で佐賀市の佐賀県医療センター好生館に運ばれた「私」は血腫除去の手術を受け、容体が安定すると、翌日から食事をとることができた。右手は動くし、会話もできる。楽観的な性格もあるが、「何とかなる」と思った。ただ、「何とかなる」には努力が欠かせない。集中治療室(ICU)を脱けた後、入院4日目の4月10日からリハビリが始まった。

 まずはベッドから起き上がり、車いすに乗り移る動作だ。

 体の右斜め前方に、座面が見えるようにこちら向きに車いすが置かれる。右手を伸ばし、車いすの右側の手すりを握る。右足で立ち上がりながら腰を反時計回りに動かして座る。OT(作業療法士)の指示通りに動けた。右手と右足が使えるので問題はなかった。

 リハビリルームに行くと、最初は手のリハビリ。テーブルの上に左腕を乗せ、OTの指示に従い、手のひらを上に向けようと、腕を回してみる。しかし、全く動かない。というより、どうやって動かせばいいか分からない。ただ、この時はまだ、片麻痺(まひ)の大変さを自覚できるわけがなく、「やっぱり動かないな」という程度の思いだった。

 OTは左腕に電気刺激を与える機器を持ってきた。それを使うと、少し動いた気もしたが、正直よく分からなかった。

 机の上にタオルを置き、左手に右手を添えてぞうきんがけのようにタオルを動かす。これは、右手がリードするから問題なかった。

 翌週からはこの作業療法の後、PT(理学療法士)によるリハビリが加わった。平行棒で立ち上がる練習だ。右手で手すりを握り恐る恐る立ってみる。

 立つことができた。「やった、立てた!」。そう思った瞬間、がくんと左ひざが折れた。体の重みをひざ関節が支えきれなかったのだと思う。ひざ折れは初めての体験だった。PTは、ひざを固定する補装具を用意した。これを着けると、ひざ折れせずに済む。再び平行棒の間に立った。するとPTは「歩いてみましょう」。

 まず右足を出す。問題ない。次に左足。緊張の一瞬だったが、左足が前に出た。「なんだ、動くじゃん」。

 その時の安ど感は今でも覚えている。歩幅は数十センチだっただろう。でも、私にとっては、大きな一歩に思えた。

(佐賀新聞社・論説委員)

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