JR鳥栖駅(鳥栖市)の改札を出て駅舎のすぐ北側。階段を上がり、線路とホームの上に東西に架かるのが自由通路「虹の橋」だ。駅東側にあるサッカーJ1・サガン鳥栖のホームグラウンド「駅前不動産スタジアム(鳥栖スタジアム)」の試合開催時には、駅利用客や駅西側の市街地から多くのサポーターが利用し、橋の上はチームカラーの「サガンブルー」に染まる。

写真を拡大 】JR鳥栖駅をまたぐ「虹の橋」。サッカーJ1・サガン鳥栖のホームゲーム開催時は大勢のサポーターが利用する=鳥栖市京町

 

 この一帯は旧国鉄の広大な操車場跡地。中心市街地がある駅西側と、スタジアムがある東側は線路で分断されており、駅改札口からスタジアム側へ行くには、遠くう回して地下道を通らなければならなかった。
 このため、鳥栖スタジアムのこけら落とし「JFL鳥栖フューチャーズ-本田技研戦」を前に1996年6月7日、虹の橋は開通、わずか数分で線路の反対側へ歩いて行けるようになった。高さ約7メートル、長さ126メートル、幅5・6メートル。鳥栖市が約5億円をかけて整備し、橋の両端にはエレベーターがあり、車いす利用者や幼い子ども連れの家族も使うことができる。
 「地下道は防犯面が不安だった。虹の橋は安全で見晴らしもいいし、市街地まで近くなった」と駅東側にある曽根崎地区前区長の松永定利さん(72)は話す。「虹の橋を渡って市街地方面に通勤する人も増え、人の流れも変わった」と感じている。
 小学生時代、サガン鳥栖の選手からサッカー教室で教わった天辰奏太さん(31)は現在、虹の橋を渡ってスタジアムに向かうサポーターの一人。アウェーのサポーターも歓迎し「二つの色のユニホームが普通に行き来するのが、虹の橋のいつもの光景」と語る。
 試合終了後は橋が混み合うため、警備員が立ち、通行を整理する。天辰さんによると、鳥栖が負けたときは直後から混み始め、勝ったときは多くのサポーターがスタジアムに居残って勝利の余韻に浸るため、混むのはやや遅くなる。
 スタジアム内に最後に流れるのが市イメージソング「虹の橋の向こうへ」。虹の橋を渡り 君に会いに行こう-。ギターが奏でる優しいメロディーと歌声に送られながら、サポーターは家路に就く。完成から25年。虹の橋は市民に親しみ深い存在となっている。
 スタジアムの隣には2023年春の完成を目指し、バレーボール女子V1リーグ・久光スプリングスの練習施設の建設計画が進む。新施設では、公開練習や世界トップチームとの練習試合も構想されている。虹の橋がバレーボールファンでにぎわう日も遠くない。
 (文・樋渡光憲、写真・山田宏一郎=佐賀新聞社)

 

■グルメ観光スポット フランス菓子店「ke-ki」(鳥栖市本鳥栖町)

JR鳥栖駅のすぐ近くにあるフランス菓子店「ke-ki」。サガン鳥栖サポーターやアウェーサポーターが試合観戦後などに訪れるという=鳥栖市本鳥栖町

 虹の橋から徒歩5分ほど。住宅地の一角に青い扉のフランス菓子店「ke-ki」がある。店内は菓子を焼く香りに包まれ、伝統の製法を忠実に守ったタルトやシブーストなどのフランス菓子が並ぶ。「サガン鳥栖サポーターが出したケーキ店」としてSNS(会員制交流サイト)で知られるようになり、試合開催日はホーム、アウェー両チームのサポーターが訪れる。
 オーナーの松尾賢一郎さん(53)は、鳥栖に来た10年前から家族ぐるみでサガン鳥栖を応援してきた。試合日はスタッフがユニホームを着て菓子作りや接客に当たり、扉の青は松尾さんが好きな“サガンブルー”にした。

 

 

 

地図

 松尾さんはフランスで修業時代、名門サッカークラブのパリ・サンジェルマンに関するスポーツ紙の見出しでフランス語を学ぶなどサッカーとは不思議な縁でつながっている。「選手もサポーターも人と人。サッカーには大事なものが詰まっている」と話す。浦和や大宮から「ツイッターを見て来ました」、長崎からも「探しましたよ」と来店してもらったといい、サッカーが生むつながりに感謝する。

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