左から供用開始を待つ早津江川橋(仮称)、中川副公民館、佐野常民記念館

 佐野常民伯爵の生涯を年表風にご紹介致します。

 文政5(1822)年、佐賀市川副町早津江の藩士下村家に誕生しました。11歳(数え年、以下同)で藩医佐野家の養子。14歳藩校弘道館内生、学問で頭角を現す。25歳上方や江戸の私塾で医学蘭学を学ぶ。30歳、田中久重ら技術者を佐賀藩に推挙。32歳佐賀藩精煉方出仕。34歳長崎海軍伝習参加。38歳伝習所閉鎖、前年に開設された御船手稽古所その後の三重津海軍所の発展に尽力。40歳ポサドニック号事件が起こり軍艦観光丸で対馬へ行く。

 44歳国産初の実用蒸気船が三重津海軍所で完成。46歳パリ万国博覧会参加、軍艦(日進丸)発注交渉含む。大政奉還。47歳元号が明治となる。49歳兵部省少丞海軍掛。50歳工部省大丞兼灯台頭。52歳ウイーン万博事務副総裁として渡欧。53歳佐賀の乱(佐賀戦争)。56歳西南戦争勃発。博愛社創設。58歳龍池会(後の日本美術協会)会頭。

 59歳大蔵卿。61歳元老院議長。東京地学協会で伊能忠敬の事蹟を顕彰。62歳大日本私立衛生会会頭。64歳宮中顧問官。66歳日本赤十字社初代社長。67歳枢密院顧問官。71歳農商務大臣。72歳平安遷都千百年紀念祭協賛会副会長。74歳伯爵に叙せられる。75歳農商工高等会議議長。81歳日赤創立25周年式典開催。東京の自宅で逝去。

 時代が大きく変転するときに佐賀藩海軍の発展に尽くし、また明治政府の一翼を担い日本の近代化や日本赤十字社の充実に奮闘したのが常民でした。

 佐野常民記念館は世界遺産の構成資産「三重津海軍所跡」を分かりやすく楽しくご観覧いただきたいと展示場を新設拡張、さらにシアター映像なども更新するため現在閉館し、大規模リニューアル工事を実施しています。9月末には館名を「佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館」と改め、オープンする予定です。(佐野常民記念館館長・諸田謙次郎)

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