「風評被害」という言葉が浸透する契機となった出来事の一つに、1996年のO157集団食中毒がある。当時の菅直人厚相は「カイワレ大根が原因の可能性がある」と発表。生産者は打撃を受け、菅氏は大盛りのカイワレを食べるパフォーマンスで沈静化を狙ったが、受け止めは冷ややかだった◆東日本大震災の際も、首相だった菅氏は事故対応に追われる東京電力福島第1原発に乗り込み、厳しい批判を受けた。首相としての責任感からの行動ではあったろうが、気持ちは届かなかった◆その事故から10年、原発処理水の海洋放出はどう受け止められるだろうか。地元や漁業者らが風評被害への強い懸念を示す中での方針決定。来秋以降には保管するタンクが満杯になるとされ、急いだ印象は拭えない◆判断のよりどころは「海洋放出の方が確実」とした専門家の提言である。「科学的な根拠に基づいて」と強調するが、風評は社会の感情で生じる問題でもあり、被害を防げるかどうかは政府と放出作業を担う東電の信頼性にかかってくる◆情報開示や丁寧な説明、緩みのない業務遂行。運転禁止命令を受けるような東電に、それができるのか。不信感が膨らめば、大きな風評被害をもたらす。そうなってしまった時は首相や社長がそろって刺し身を食べようと、消費者の心理は動かない。(知)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加