佐賀県医療センター好生館の救急外来出入り口。ここに運び込まれた=佐賀市嘉瀬町

 2015年4月7日の出勤前、自宅で体に異変が生じ、妻に電話を入れたのが午前8時20分ごろ。それから約30分後の9時前、「私」は佐賀市嘉瀬町の佐賀県医療センター好生館に運び込まれた。

 消防隊員が来てから病院に着くまで、意識ははっきりしていた。「お名前は?」「生年月日は?」。隊員の呼びかけにもきちんと答えられた。車内でおう吐したが、「死」を感じることはなかった。

 この日は火曜日。好生館の脳卒中センターにはまだ急患がなく、医師もスタッフも十分にそろっていた。幸運だった。

 コンピューター断層撮影(CT)をとられ、「脳出血」と診断されたようだ。当時担当してもらった溝上泰一朗(たいちろう)医師(現サンテ溝上病院院長=佐賀市)は、脳内に広がった血液(血腫)を除去した方がいいと判断した。

 溝上医師によると、当時の好生館では脳出血を発症した患者は年間100人程度で、そのうち、手術をするのは約1割。軽度の出血であれば、手術で正常な脳細胞を傷つけるデメリットが大きく、重度であれば、助けられる脳細胞が少ないからという。

 私は中度の脳出血だった。血腫の除去によって、運動神経の通り道である「錐体路(すいたいろ)」への圧迫を和らげ、脳の腫れを抑えることが期待できた。

 脳出血の最善の治療は薬や手術ではなく、発症早期からの積極的なリハビリ。そのリハビリを早く始めるための血腫除去だった。

 以前は開頭手術が多かったが、私は「神経内視鏡手術」を受けた。脳の中に細い管を差し込み、血腫を吸い取る手術法だ。額に数センチの穴をあけるだけで済み、体への負担が少ない。この術法を習得していた溝上医師に担当してもらい、運がよかった。

 CTの後、手術するという説明を聞いたように思うが、この辺りの記憶は定かではない。目が覚めると真っ白な天井が目に入った。恐らく、ICU(集中治療室)だろう。自分がなぜここにいるかを思い出すまで時間がかかった。夜のような気がするが、何時だろう。

 ふと、廊下から「お父さん目をあけて」という声が聞こえた。夢だったのかもしれないが、つきかける父親の命を引き留めようとするその叫びは、救命救急病棟ではあり得ない話ではない。「あんな声を自分の子どもには叫ばせないようにしたい」。そう思った。(佐賀新聞社・論説委員)

このエントリーをはてなブックマークに追加