東京電力福島第1原発の敷地内にたまり続けている放射性物質のトリチウムを含む水の処分問題で、政府は海へ放出する方針を固めた。13日にも関係閣僚会議を開き正式決定する。

 技術的検討は十分だったか、東電は十分な責任を果たしたか、なぜ今の決定なのか、影響を被る人々への対応は十分だったか。多くの疑問に政府や東電が真摯(しんし)に答えたとは言えず、放出の決定は受け入れがたい。

 第1原発では、溶け落ちた核燃料を冷やすために注いでいる水、建屋に流れ込む雨水や地下水が放射性物質を含む汚染水となっている。放射性物質を除去する装置で処理しても、除去できないトリチウムが残る。

 外部被ばくの心配はなく、低濃度なら体内にたまらずに排出されるので、薄めて海に放出するのが合理的だというのが政府の主張だ。濃度を国の基準値以下にして海に放出することは国内外の原発で行われていることも根拠の一つとされた。

 海洋放出には漁業者らの反対が根強く、昨年中にも予定されていた放出決定は梶山弘志経済産業相の「丁寧に事を運びたい」との意向を受けて先送りされた。

 だがこれまでに、技術的な検討や関係者に理解を得る努力が進んだとは言いがたい。時間稼ぎとも言える期間の後、菅義偉首相と全国漁業協同組合連合会(全漁連)の岸宏会長とのトップ会談という儀式的とも言っていいプロセスを経て放出の方針を固めた。これで事故の影響からの脱却に苦闘を続ける福島県の漁業者や周辺住民などの理解を得られるとは思えない。

 そしてこの間に露見したのは、福島原発の地震計や新潟県の柏崎刈羽原発の核テロ対策機器の故障を長期間放置するという東電の無責任体質と、それを見逃してきた原子力規制委員会のずさんな対応だった。これでなぜ今、放出決定の機が熟したと言えるのだろう。

 専門家の中には、陸上での固化処分や、丈夫な大型タンクでの長期保管などの手法を検討するべきだとの意見があるが、これらの選択肢が真剣に検討されたとは言い難い。ロシアが保有するトリチウム除去技術の可能性も、さしたる議論もないまま放棄された。

 タンク容量が2022年秋以降に満杯になるという東電の試算の根拠も不明確だ。そもそも可能な限り保管のための土地の調達を行うのが原因企業としての責任である。

 「海洋放出が風評被害を引き起こす」と言うと消費者の非合理的、感情的な忌避感のように聞こえる。しかし、それは原発事故によって実際に引き起こされた深刻な被害と、拡大した不信感を反映している。事故後の対応において東電はもちろん、政府や規制委、専門家と呼ばれる人々は信頼を得ておらず、消費者が懸念を抱くのは当然だ。

 政府は被害者や市民に向き合う姿勢を根本的に変え、被害の補償の在り方や事故処理を巡る科学的討議の手法、さらには原子力依存を続けているエネルギー政策を見直すべきだ。その上で処理水問題を、信頼を勝ち得る契機とするべきだったのだが、放出の決定によってその機会は失われる。

 不透明で独善的とも言える今回のやり方は、施設周辺住民だけでなく、東電や原発再稼働を進めたいと考える人々にとっても、将来に大きな禍根を残すものとなるだろう。(共同通信・井田徹治)

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