寒鶯亭(西渓公園内)

 桜と紅葉の名所として知られる多久市多久町の西渓公園の一角に、堂々たる和風建築、寒鶯亭(かんおうてい)があります。多久町出身で「肥前の炭鉱王」として知られた高取伊好(1850~1927)が、1922年に図書館や西渓公園とともに村の公会堂として当時の多久村へ寄贈しました。

 領主多久家の重臣で、郷校東原庠舎の教職でもあった鶴田斌の三男として生まれた伊好は、炭鉱経営で大成功を収めると、文化・教育・社会事業に多額の寄付をしました。設計は伊好が経営していた杵島炭鉱の技師大坪彌平によるものです。16畳3室の四周に縁を回し、入母屋の大屋根を架け、北面の中央に車寄を設けています。

 床の間には寒鶯亭の由来となった伊好の直筆による大幅「寒鶯待春」が掛けられています。「冬の間、鶯は一生懸命笹鳴きをし、春に美しい声でさえずる。多久の人々も一人前の人物として世に出るため、ここで学んでほしい」という願いが込められています。木造和風公会堂建築の好例といわれ、1999年に国の登録有形文化財に登録されました。

 寒鶯亭と同時に建てられた図書館は1978年に取り壊されましたが、赤れんが造りの書庫は残され、現在は多久市郷土資料館の書庫として多久の歴史を守り伝えています。(志佐喜栄=多久市郷土資料館)

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