1995年のオープンから半年、初めてRock Rideに来た時の村上さん(右)。左はギタリストの三好“三吉”功郎さん(提供写真)

 日本を代表するドラム奏者の村上“ポンタ”秀一さんが、3月9日に70歳で死去した。「ポンタさんがいなければ、この仕事をしていなかったかもしれない」と振り返るライブハウスRAG・G(佐賀市松原)のオーナー吉田由美子さんに話を聞いた。(花木芙美)

 出会いは40年前、佐賀市民会館で開かれた坂田明オーケストラのコンサート後の打ち上げだった。次に会ったのは27年前、私が1店舗目のライブハウス「B―Shuffle」(同市呉服元町、後に「Rock Ride」に改名、2020年5月閉店)を開く前のことだ。

 その日のことは今も鮮やかに覚えている。ポンタさんに「音楽の仕事をしたい」と打ち明けると「やりなよ、俺絶対行くよ」と言ってくれた。

 当時は思いはあっても経験はなく「本当にできるのか」ともやもやしていた。でもポンタさんが背中を押してくれたことで「絶対やる」と心が決まった。翌1995年に店をオープンさせた。

 ポンタさんは言葉通り、開店から半年後に三好“三吉”功郎さん(ギター)、坂井紅介さん(ベース)とともに「三吉トリオ」でライブをしてくれた。その後も何度も来てもらい、年に3度もライブをしてくれたこともあった。2009年には「地元ミュージシャンとコラボしたい」と、佐賀のボーカリスト中溝正樹さんとの共演も実現した。

 最後に言葉を交わしたのは昨年10月、RAG・Gで開いた「山下達郎パーティー」に電話で参加してくれた時。達郎さんのレコーディングに参加した思い出を話してくれて、電話をマイクに近づけてフロアに声を届けた。「今度佐賀へ来た時はおいしい物を食べよう」と話していたが、実現できなかったことが心残り。

 訃報に触れて「もっとたたきたかっただろう」と思ったが、あれだけ自由に生きた人生。後悔はなかったのでは。自分のことを「ドラム職人」と言っていた。ジャズでもフォークでも何でもたたけて、多くの人に影響を与えた。

 ポンタさんが多くのミュージシャンとの縁をつないでくれて、そこからまた縁がつながって、ジャズピアニストの山下洋輔さん、ボーカリストのケイコ・リーさんら多くの貴重なステージが佐賀で実現した。何よりも感謝を伝えたい。

 よく「ゆみちゃん、サンキューな」と言ってくれたことを思い出す。3月9日(サンキュー)が命日になったことにも縁を感じる。きっとずっと、忘れられない日になるだろう。サンキュー、ポンタ。(談)

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