桜前線が列島を駆け上がっている。桜は春の訪れに敏感で、平均気温が10度になると開花する。その等温線が北上するスピードは地域によって異なるが1日20キロほど。山あいはゆっくり3日で100メートル登るらしい。今年の桜は速足だから、そんな記録は軽々と塗り替えてゆくだろう◆そろそろ前線が届きそうな福島にきのう、ピンクゴールドの桜が咲いた。東京五輪の聖火リレーが1年遅れでスタートを切った。佐賀市出身の吉岡徳仁さんがデザインしたトーチの火を、121日間にわたり約1万人がつなぐ。5月9、10日には県内を通過する◆震災復興を掲げた祭典が、いつの間にか「ウイルス克服の証しに」と宗旨を変え、感染収束が見通せないまま本番は4カ月後に迫る。いまだ中止論がくすぶり、著名人のランナー辞退も相次ぐ。逆風の中でともった聖火は、どこか高揚感に乏しい◆桜は元来その年の穀物の豊凶を占うものだった。もろく散りやすい花が長く美しさを保てば吉兆で、疫病など災いも鎮まると信じられた。トーチの桜は、どうか風がなぎますように、火が消えませんようにと、せつない祈りのようにも見える◆江戸川柳に〈花咲いて八百八町酔いたりな〉とある。まだ花見の宴で浮かれてはいられないこの春、せめて列島を駆け巡る桜の聖火が人びとを酔わせてくれるといい。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加