鉄道遺構「高輪築堤」の第七橋梁=東京都港区

 JR東日本は23日、東京都港区の高輪ゲートウェイ駅周辺で出土した鉄道遺構「高輪築堤」の一部を現地保存する方針を明らかにした。駅周辺の再開発計画を変更し、特に貴重と指摘されている「第七橋梁(きょうりょう)」の土台部分などを残す。深沢祐二社長が自民党の会合で説明した。

 第七橋梁は石組みが良好な状態で残っており、有識者から「遺構全体の中でも特に重要な部分」と指摘されていた。公園整備を予定している地区にある石組みなども現地で保存する。

 会合は築堤保存の在り方を検討する国会議員有志による懇話会。会長の福井照元沖縄北方担当相によると、深沢氏は文化財調査や開発計画の変更などで300億~400億円の追加費用が見込まれるとしたが、再開発施設の開業時期は予定通り2024年度中を目指すと説明した。

 海面を埋め立てて線路を敷設した高輪築堤は1872年に日本初の鉄道が開業する際に造られた。日本考古学協会は遺構を現地で全面的に保存するようJR東に要請。同社は「全面保存は困難」とした上で対応を検討していた。

 国の文化審議会は23日、第七橋梁が現地保存されれば国史跡に値するとして、港区やJR東などが保存や調査に取り組むべきだとの意見書を文化庁長官に提出した。

 高輪築堤は、鉄道の用地取得が難航した際、佐賀出身で後に総理大臣を2度務めた大隈重信(1838-1922年)が「陸蒸気(おかじょうき)を海に通せ」と命じ、整備が進んだとされる。【共同】

このエントリーをはてなブックマークに追加