のちに「お熱いのがお好き」などコメディ映画の傑作を放つビリー・ワイルダー監督は、若いころ新聞記者だった。取材相手におごったり、ギャンブルの体験企画でお金をすってしまったり、生活は苦しかった。食事も満足に取れず、10キロもやせてしまった◆心配して訪ねてきた母親に気づかれないよう、首回りの小さいシャツを着てごまかした。〈呼吸をするのはひどく困難になるが、頰などは真っ赤になり、いかにも栄養がいきとどいているように見えるのだ〉と自伝で明かしている◆一時期とはいえ同業者ながら、わが体重は対照的に右肩上がり。実家を訪ねるたび、隠しようもないお腹を見つめて母は「こりゃメタボばい」。コロナ感染で「リバウンド」の懸念を耳にするたび、ダイエットがはかばかしくない自分を責められている気分になる◆人は親も性別も見た目も選べず生まれてくる。「どうにもならないもの」といかに向き合うかで人生は豊かになり、味気ないものにもなる。そんな人間の「宿命性」を笑わず、愛する世の中であるといい◆顔を見れば、息子のお腹まわりを心配してくれた人はもう、この世にいない。きょうは彼岸の中日。柄にもなく、遺影の前で手を合わせてみる。「私自身、この体型で幸せです」。タレント渡辺直美さんのすてきなコメントをつぶやきながら。(桑)

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