貢姫に宛てた直正の書簡ににじむ親心を紹介する徴古館の富田紘次さん=佐賀市のホテルニューオータニ佐賀

 大手企業の県内支社長や支店長らでつくる「ブランチ佐賀さかえ会」(座長・中尾清一郎佐賀新聞社社長)の例会が17日、佐賀市のホテルニューオータニ佐賀で開かれた。徴古館の富田紘次主任学芸員が、佐賀藩10代藩主鍋島直正(1814~71年)が長女貢姫(みつひめ・1839~1918年)に宛てた書簡を読み解き、名君が文面で見せた、父親としての素顔を紹介した。 

 17歳で川越藩主の松平直侯(なおよし)に嫁いだ貢姫は月1回のペースで直正と文通し、直正直筆の約200通が現存する。

 安政4(1857)年の書簡では、病の夫を看病する娘に「極内々」としながら「貢姫の身を案じています」としたためている。

 江戸で天然痘が流行した際には、すでに種痘を接種済だった26歳の娘に、「用心のためもう一度引痘された方が安心。本当に父のいらぬことと思われるでしょうが」と親心をにじませた。富田さんは「人を大事にする殿様。(その思いで)教育、軍事、医療を展開していたのだろう」と話した。

 徴古館を運営する鍋島報效会は昨年、直正が貢姫に送った196通の書簡をまとめた『愛娘への手紙』を発刊している。

 例会は会員ら33人が聴講した。(福本真理)

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