旧社会党時代から数えて76年、「護憲の老舗」社民党の県連組織が佐賀県内から姿を消すことになった。「党が果たしてきた役割は曲がり角にきた」「寂しさ、悔しさがある」-。13日の定期大会で入れ替わり討論に立った代議員の言葉には複雑な思いが交錯した。

 社民県連の前身の社会党県連は太平洋戦争終戦の年、日本社会党が結成された動きに合わせて1945年12月に設立された。96年3月には党名変更に伴い、社会党県本部を引き継ぐ形で社民県連になった。

 大会には社会党時代からの党員の姿もあった。反対討論に立った代議員は歩みを振り返り「これまで行動を共にした多くの仲間が党を離れる。ふたを開ければ分裂ではないかという党員もいる」と訴えた。一方、賛成討論に臨んだ代議員は「社会、社民党員として誇りを持ってきた。(解散を)やむなく選択することを考えざるを得ない」と党勢回復が困難な状況を指摘。議長団が採決を取ると、賛成の拍手が響き渡った。

 「政党の一つを僕らの手で閉じるというのは、嫌ですね」。記者団の取材に応じた徳光清孝県連幹事長は言葉を絞り出し「社民党で支持をくれた人の声をくみ取って政治に反映する、前向きな意味で解散することにした」と続けた。

 旧佐賀炭鉱労働組合や旧国鉄労働組合、自治労など労組との結びつきが強かった旧社会党と社民党。解散に至った背景を徳光氏は「若い党員が入らず、労働組合の政治離れもある。組合の無党派層にも働き掛けきれなかった。政界再編の中で社民党らしさを訴えられなかった」と説明した。

 社民フォーラムについては「社会民主主義の政策を勉強する受け皿」と位置付け、引き続き脱原発や平和運動に注力する考えを示す。立民への入党に向けては「僕らが持っていた理念を押しつけることはしない。社民フォーラムという政治団体の中でしっかりやりながら、一体となって立民で活動できるようにしたい」とした。(岩本大志)

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