東日本大震災と福島第1原発事故が発生した当時、高校1年生だった。部活終わりに監督から「東北で大きな地震があった」と聞かされたが、ピンと来なかった。帰宅し、テレビから流れるがれきや津波の映像を見て、事の重大さを知った。

 今日で10年がたつ。原発を抱える玄海町の担当記者をしているとは想像もしていなかった。事故の報道は気に掛けていたが、玄海原発にまで目を向けてはいなかったのが正直なところだ。最近は、近日中に始める連載記事に向け、町のこの10年の動きをさまざまな角度から取材を進めている。

 福島原発の事故後、玄海原発の全基が停止。町を行き交う原発従事者は減り、飲食店や旅館などは原発だけに頼らない取り組みを試みている。だが、3、4号機が再稼働した後も、1、2号機の廃炉や原発に対する世論の厳しい目などもあり、以前の活気には届かないという。ここ1年はご多分に漏れずコロナ禍にも泣かされている。

 玄海町を担当して1年。原発のある町のこれまでの歩みをしっかりと記録し、次の10年にも目を凝らしたい。(唐津支社・中村健人)

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