蕨野の防風石垣民家

 唐津市相知町には国の重要的景観に選定されている蕨野の棚田があります。八幡岳(標高764メートル)北麓の中腹から240メートル下方まで五つの谷に36ヘクタール、700枚ほどの農地が広がっています。

 戦国時代、この辺りは獅子ヶ城の脇城である平山上城が築かれていました。石工の技術は当時から伝えられていたのでしょうか。農閑期、石垣棟梁(とうりょう)の指揮のもと、村人総出で棚田の石垣を積む手間講(てまこう)と呼ばれる共同作業によって棚田を広げてきました。八幡岳の玄武岩を切り出し積み上げた最高8・5メートルの高さの石積みは圧巻です。

 棚田を支えるのがため池とくまなく張り巡らされた暗渠(あんきょ)です。入り口の大きさは人が入れるほどのものから20センチ角ほど。この地下水路は取水と排水の機能を果たし、水は田の周りを巡ってちょうどよい水温となって田を潤します。

 蕨野では谷筋に沿って北風が吹きあげたのでしょう。屋敷の北側に防風石垣が高く積み上げられた民家が、今も残っています。石垣は明治期に造られたもので高さ3・5メートル、長さ19メートル、底部の厚み0・95メートルほどの野面積み。屋敷周りの石垣には相知川の丸石を用いています。底部には高さ約80センチの排水用の空洞、中ほどには高さ約120センチの通風用の空洞が開いています。この石積みの技が生かされた石垣のおかげで谷風がやわらかく制されています。

 春は八幡岳の神様に降りて見守っていただけるよう祈り、秋はお米の収穫を感謝して山に戻られる神様をお見送りする。そんな蕨野の菜の花の春がまた来ようとしています。

文・菊池典子

絵・菊池郁夫

(NPOからつヘリテージ機構)

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