目や耳や手足とちがって、人間には口が一つしかない。口の数と人の数はかならず同じになることから、「人口」ということばは生まれたという。〈鳥は羽で数えられる/魚は尾で数えられる/口で数えられる 人間の口のせつなさ/難民も王様も/つまるところ一個の口で/最低ひとつの椀(わん)と いっぽんの匙(さじ)が要る〉。詩人新川和江さんの「人体詩抄」の一節にある◆そんな大切な口にも、異変が兆している。全国の小学生以下の子どもの3割が「お口ぽかん」、日常的に口が開いている状態だと、鹿児島大学などの研究グループの調査で判明した◆口のまわりの筋肉が弱かったり、歯並びの悪さや鼻の病気などが原因らしい。口呼吸によって虫歯や風邪、アレルギーなどを発症しやすいという。コロナ禍のいま、マスクで覆われた口元にも目を配りたい◆〈口の中を見れば、その人が元気かどうか、希望を持っているかどうか、看護や介護や医療が行き届いているかどうか、一目で分かってしまう〉。終末医療に長年携わってきた医師、徳永進さんが『心のくすり箱』に書いていた。口は一見無表情のようで心の奥底を映し出している◆大人の世界では、官僚がいまだに接待の酒食をほおばっておられる。子どもならずとも、開いた口がちゃんとふさがっているか、マスクの下に手を当ててみる。(桑)

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