「百姓」の視点で農業・農村の現場を記録してきた山下惣一さん=唐津市湊の自宅

 唐津市の農民作家、山下惣一さん(84)が執筆活動をやめ、文筆業を“引退”した。農業の月刊誌と専門紙の連載を2月に終了したのを機に、筆を置いた。「老化」を理由に挙げる。「百姓」の視点で農と暮らしの現場から、戦後の揺れる農業・農村の実情を50年余りにわたって記録し、小規模農家の「小農」こそ農業の生きる道と提唱してきた。

 農作業の傍ら、30歳の頃から本格的に書き始めた。文芸同人誌「玄海派」に所属し、1970年に小説「海鳴り」で日本農民文学賞、79年に小説「減反神社」で地上文学賞を受賞した。「減反神社」と「父の寧日」は81年に直木賞候補にもなった。小説やルポ、エッセーなど著作は50冊を超える。井上ひさしさんや野坂昭如さんら作家との交流もあった。

 国民学校3年生で敗戦となり、価値観が大きく転換した経験を踏まえ、「疑いの目で世の中を見るようになった」という。減反政策や農産物の輸入自由化、大規模化で競争力強化を目指すといった農政を批判し、「農業を守ることが国民の食料を守ることになる」と強く訴えてきた。「他の人は黙っている。世の中を見る目が少しズレていたのかな」。執筆の根本となる反骨の視点を振り返る。

 「前人未到の地に踏み込み、農業ジャーナリズムの一つの型を生んだのではないか」と、暮らしに根差した執筆活動を総括した。

 全国農業新聞と「地上3月号」の連載コラム最終回では「老農は死なず、消えゆくのみ」と刻んだ。執筆終了を知った読者から惜しむ手紙が数多く届いているという。

 農業は縮小して続けるが、80歳を過ぎて治療の通院も重なってきた。「今年で85歳になる。俺も終活だよ」と笑いつつ、「どうしてこんな世の中に誰も文句を言わないのか。(百姓の書き手の)後継ぎが出てこないのは無念だなあ」。寂しそうに語り、新たな「書き手」の登場を切望した。(辻村圭介)

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