これは民意の改ざん・捏造(ねつぞう)だ。民主主義を冒瀆(ぼうとく)し、破壊させる言語道断の行為である。なぜ起きたのか。警察が徹底捜査するのはもちろん、運動を主導した者も、洗いざらい調査し、真相を解明して責任の所在を明確にしなければならない。

 愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)運動を巡って、提出署名の8割超が無効と判断された問題は、県選挙管理委員会の刑事告発を受け、県警が地方自治法違反の疑いで署名簿の押収など本格的な捜査に乗り出す事態に発展した。

 リコール運動は、大村知事が実行委員会会長を務めた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」がきっかけだ。展示された昭和天皇に関する映像作品などに猛反発した美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長らが大村氏の責任を問うため、昨年8月に始めた。

 名古屋市の河村たかし市長が支援したほか、運動の事務局長は次期衆院選に立候補を予定していた日本維新の会の支部長(支部長を25日に辞退)。大阪府の吉村洋文知事も「取り組みには賛成だ。応援する」とエールを送っていた。

 2カ月の運動期間を経て県内64選管に提出された署名は、リコールの賛否を問う住民投票実施に必要な約86万6千人の半数程度の約43万5千人にとどまった。県選管は2月1日、この署名の83・2%に、同一人物によるものや選挙人名簿に登録されていない人など、不正が疑われるとの調査結果を発表した。

 さらに、署名が始まった時点で既に亡くなっていた約8千人分の名前も含まれていたというのだから、極めて悪質だ。これほどの大がかりな不正だけに、何らかの組織的な関与があったと見るのは当然だろう。

 関係者によると、名古屋市の広告関連会社が、事務局から請け負い、人材紹介会社を通じてアルバイトを雇ったとされる。アルバイトは佐賀市内の貸会議室に集まり、事前に用意された愛知県民の名簿を基に、住所や氏名を書き写した疑いが持たれている。従事した人は、現場の担当者が大村知事を「悪い人」と説明し、業務の内容を口外しないとの誓約書にもサインさせたと証言している。

 自治体の首長のリコール請求は、地方自治が民意に基づき行われているか、任期途中であっても住民が監視する権利を保障した制度といえ、地方自治法で規定されている。つまり民主主義の根幹をなす仕組みだ。

 不正の発覚を受け、高須氏は「明確に何の関係もない。そう信じている」と関与を否定する。事務局長も「発注も依頼もしていない」と話しているが、広告関連会社は運動事務局幹部の名前が記されたアルバイト募集に関する発注書を県警に提出している。捜査・調査の焦点は、誰が署名偽造を指示したのか、どこから金が支出されたのか、となろう。

 アルバイトを雇い、偽の署名を「大量生産」する行為は、地方自治、民主主義を守るための制度を台無しにしてしまう住民への背信行為だ。

 高須氏はじめ、署名集めの街頭に立った河村市長らは、事態の重大性をもっと深刻に受け止め、自らも積極的に調査し、説明責任を果たすことが求められている。警察任せの頰かむりは決して許されない。(共同通信・橋詰邦弘)

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