天建寺渡し船転覆事故の話を聞き、命の大切さを考える児童=みやき町の三根東小

 筑後川(ちくごがわ)で渡(わた)し船(ぶね)が転覆(てんぷく)し、通学中の児童6人が亡(な)くなった「天建寺渡し船転覆事故(じこ)」から71年目を迎(むか)えた13日、みやき町の三根東小中村美枝子校長、156人で「命について考える日」の集会が開かれました。全校児童が遺族(いぞく)の話に耳を傾(かたむ)け、命の尊(とうと)さに思いをはせました。
 今年は新型コロナウイルスの状況(じょうきょう)を踏(ふ)まえ、各教室で電子黒板を使って実施(じっし)。事故(じこ)で弟を亡(な)くした古賀絹子さん(91)=佐賀市(さがし)=は「行ってきますと元気に出て行ったが帰ってこなかった」と当日の弟の様子を振(ふ)り返(かえ)り、「命は二度と戻(もど)ってこない。自分を大切にして」と語り掛(か)けました。
 中村校長は「岸まであと20メートルほどのところで事故(じこ)が起き、全員が冷たい川に投げ出された」などと当時の状況(じょうきょう)を紹介(しょうかい)。亡(な)くなった児童6人の名前が彫(ほ)られた六地蔵(ろくじぞう)が今も大切に守られていることや、事故をきっかけに天建寺橋ができたことなどを説明しました。児童代表の発表では6年の秀島聡史さんが「命は自分に一つだけの宝物。それを忘れないようにしたい」、6年の山川ななさんは「亡(な)くなった6人の思いを受(う)け継(つ)ぎ、精(せい)いっぱい生きたい」と話しました。亡くなった児童を弔(とむら)う「花供養(くよう)の歌」も放送で流され、児童たちは静かに聞き入りました。
 1950年2月13日午前8時10分ごろ、筑後川(ちくごがわ)の「天建寺の渡(わた)し」で、通学中の小中学生ら43人が乗った船が強風にあおられて転覆(てんぷく)。6人が帰らぬ人となりました。(17日付18面・瀬戸健太郎)

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