新型コロナウイルスの感染拡大で仕事を失うなどした生活困窮者への支援が焦点になる中、菅義偉首相が「最終的には生活保護もある」と発言し、波紋を広げた。

 生活保護に陥らないよう支援するのが政府の務めであることは当然だが、そもそも生活保護は首相が前提とする「セーフティーネット(安全網)」の役割を真に果たしているのか。ハードルが高く必要な世帯の一部しか受給できない生活保護の実態を、首相は直視し改善に取り組むべきだ。

 生活保護申請は、緊急事態宣言が発令された昨年4月、前年同月に比べ24・8%と急増した。生活費貸し付けなどの支援策でその後は落ち着いたが、宣言再発令でまた急増が懸念されている。

 生活保護法は憲法25条の生存権に基づき「国が生活に困窮するすべての国民に対し、最低限度の生活を保障する」と定める。生活保護は国の義務であり、請求する権利が全ての国民にある。

 ただ税金で賄われる生活保護を受ける人には、生活再建の努力も求められる。自分の資産、能力を活用した上、「扶養義務者」である親族の援助を受ける手を尽くし、それでも足りない分を受けるのが生活保護制度だ。この「扶養の優先」原則が申請に行きづらくなる要因だと指摘される。

 同原則に従い自治体の福祉事務所は、生活保護申請者の配偶者、親子、兄弟姉妹らに援助できないか確認する「扶養照会」を行う。家庭内暴力や、親族が高齢者施設に入居中だったり20年以上音信不通だったりの場合は照会不要とされるが、家族に知られて縁を切られたり迷惑をかけたりしたくないと、申請をためらう人が多いのが実態だ。

 困窮者支援団体が東京都内で年末年始に開いた生活相談会や食料配布に来た人たちを調査したところ、生活保護を利用していない人が8割近くを占めた。利用していない人の3人に1人は扶養照会を嫌って未申請だった。また2割以上が申請窓口で暗に追い返されるような経験をしていた。

 多くの福祉事務所担当者らは、不正受給などで税金が無駄遣いされないよう厳正中立に職務を果たしているに違いない。だが、それが硬直的な制度運用につながり、結果的に、本当に困っている人に生活保護が届かない状況を招いている。

 日弁連は、生活保護基準以下の所得で暮らす人のうち生活保護を現に受けている人の割合「捕捉率」が、欧州諸国では5割を超すのに日本は2割程度しかないとして、かねて運用改善を求めてきた。首相や田村憲久厚生労働相は、より弾力的な運用ができるよう扶養照会を不要とするケースを広げる方針を表明したが、コロナによる生活困窮はまさに進行中であり具体化を急ぐべきだ。

 コロナ禍での困窮者支援を巡っては、生活に最低限必要なお金を政府が国民に一律に配る「ベーシックインカム」も国内外で議論される。実現性は別にしても、受給することを恥ずかしいとみがちな社会的風潮ゆえに敬遠される生活保護の欠点に光を当てる問題提起としては重要ではないか。

 「最終的にある」はずの生活保護がハードルの高さゆえに、現実には頼りにならないとすれば、首相の持論である「自助、共助、公助」の最後のパーツが失われ、目指す社会像の完成が遠のくと指摘しておきたい。(古口健二)

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