星と森と火と人間と

 ふくらはぎまで積もった雪が溶け、その途端の急な陽気に戸惑っていると、2月が「もう逃げようとしていた」。

 その「逃げていく」大きな理由は山の仲間との楽しみにあり、「火になる会」と命名された。

 数カ月前、みつせCUBEでの雑談で、この頃の大人は純粋に遊んでいないという話になり、であるなら、火を囲んで踊ろうと決まった。料理は玄人はだしのユキさんの6種類の鍋、場所はカフェ燈台の広場、太鼓やギターを持ち寄って、気がついたら大勢の大人と子どもが集まってきた。

 雪が降る前の晩の寒さの中で、分厚い熾火(おきび)の上で薪(まき)の炎が形よく燃え上がり、人間や木々を赤く照らした。やがて太鼓が鳴り出し、ギターの弦が弾かれ、子どもが歌いだした。それに続けと大人も歌い、誰彼なく踊り始めた。手間をかけた料理で温まり、火を囲んで温まり、歌と踊りで温まり、夜空の三日月も一緒だった。

 楽しみを楽しんでいるこの瞬間には、理屈も目的も義務もなかった。きっとかつて日本中にこんな時間が散らばっていたんだと思った。(養鶏農家・カフェ店主 小野寺睦)

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