多久茂文「文廟記」(多久市郷土資料館蔵)

 多久聖廟は1708年、多久領四代領主多久茂文(1669~1711年)によって建てられました。茂文は佐賀藩二代藩主鍋島光茂の三男で、多久家三代領主多久茂矩(しげのり)の養子となり、数え年18歳のとき多久家を継ぎました。しかし龍造寺隆信の弟長信を祖とする多久家の家臣たちは、茂文に複雑な感情を抱き、茂文へ無礼なふるまいをすることもありました。若い茂文は苦悩します。

 未熟な領主である自分が、どうやって多久を物心両面で豊かにしていくのか。皆と共に儒学を学び、互いを敬う心を持つ。これが、茂文が出した答えでした。

 1699年、のちに東原庠舎となる学問所を開設し、続いて孔子を祭る聖廟を建設します。聖廟への思いを、茂文は「文廟記」にこう記しました。「敬う心はすべての根本といわれている。聖廟を見ればおのずと孔子の教えを尊び、互いを敬う心が生まれる」「孔子様の徳が多久に降り注ぎ、私とすべての民を導いてくださるように心から願う」

 1708年、ついに多久聖廟が完成し、多久で初めて釈菜が行われました。以来300年あまり、儒学の伝統は多久に今も息づいています。

 多久市郷土資料館では、「多久聖廟史蹟指定100年」展(4月4日まで)を開催中です。ぜひご来館ください。(志佐喜栄=多久市郷土資料館)

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