ハロウィーンの夜、火星人が襲来した。そんなラジオドラマを本物のニュースと思い込み、全米がパニックに陥った…◆名優オーソン・ウェルズを世に知らしめた有名な逸話は、実はそれほど大きな騒ぎではなかった。本当だと勘違いした人が多かったのは確かだが、問い合わせの電話が相次いだ新聞社が翌日、面白おかしく報じ、パニックが「事実」として定説になったという◆のちに作られた物語が語り継がれる。いわゆる「軍国美談」も同じである。日本と中国が衝突した上海事変で、佐賀出身の江下武二伍長ら兵士3人が爆弾を抱えて敵陣に突入し爆死した。昭和7(1932)年のきょうのことである。「爆弾三勇士」「肉弾三勇士」とたたえられ、映画や歌にもなった。♪廟行鎮の敵の陣…いまも口ずさめる年配の方もいらっしゃるだろう◆当時から、導火線や火薬の量などのミスが招いた事故との見方が軍内部にもあったという。それでも人びとの心をとらえたのは、地方出身のごく普通の労働者が手柄を立てたことだった(中内俊夫『軍国美談と教科書』)。中央で認められることが何よりの誇りだった時代である◆人はうそか事実かより、自分の信じたい物語を選ぶという。SNSを飛び交う情報、新型コロナのうわさ、政治家の言葉…いまも「火星人」はひそんでいるかもしれない。(桑)

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