進級や卒業を体験してきた私たち大人は、それによる環境、状況の変化で、都合が良いか悪いかは別として新学期からの生活はこれまでとは何かしら違うものになるということを知っています。しかし、子どもたちにとってはその先も保証されない未知の体験ですし、1年がとても長く感じる学校という環境の中では、次の区切りまでたどり着くことを難しく感じがちだということも思い出せるはずです。

 子ども新聞では、この1年を楽しく過ごした人、苦しかった人共に、望む望まざるに関わらず学年末が来て、新しい環境に進まなくてはならないことを書きました。仏教でいう諸行無常、変わらないものは何も無く全ては移り変わるということであり、周りも変わるし自分も日々変わっていくということを知っておいて欲しいのです。盛者必衰ばかりに目が行きがちですが、都合が悪いこともいつまでも続くわけではないことも含み、どん底にある状態から見れば希望となるものであるはずです。

 子どもたちにとっても両方の意味を持つものですが、思春期に陥りがちな今がずっと続くという錯覚、永遠を身近に感じやすい傾向で起こりやすい2つの絶望を捉え直すことに有効だと考えます。

 ひとつは、苦しい状況がこの先もずっと続いてしまうと感じることによる絶望ですが、これは、この先何が起こるかわからないということと、5年後、10年後には周りに居る人は全く別のメンバーであることを想像できれば違う見方ができる可能性があります。決して、時間が解決するから我慢しろという意味ではなく、今解決できることは努力すべきですが、時間的に見る範囲を広くして次のステージへの備えを並行するイメージにつながるでしょう。

 2つには、今のままずっと過ごしたいのに区切りを迎えるパターンで、親しい人と離れ離れになってその先の新しい人間関係を想像できず絶望するものです。これはとても大きな不安ですが、今ある関係性も最初からあったわけではありません。次の環境で今と同じものを目指すとメンバーも立場も違うので挫折しがちですが、新しい環境では新しい環境を作ることができますし、もしうまくいかなければさらに別な環境を試すことだってできるということを忘れないで欲しいと願っています。

(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

このエントリーをはてなブックマークに追加