さだまさしさんの小説『風に立つライオン』で、主人公の医師がこう話す場面がある。「医師が患者から奪っていけない最も大切なものは命じゃない。希望なんだ」◆希望は「その人の心の持ち物」。誰にも奪う権利はないし、奪えるものでもないだろう。逆に言えば、患者に希望を持たせることが有効な処方箋になる◆コロナ対策の切り札といわれるワクチン接種が県内でもまずは医療従事者を対象に始まる。ワクチンといえば幕末、佐賀藩は天然痘予防で牛痘接種(種痘)を推進した。背景には、シーボルトにも学んだ医師伊東玄朴(神埼町出身、1800~1871年)の存在がある◆玄朴は鍋島直正公に牛痘入手を進言。東京大医学部につながる私立の種痘所を開設し、江戸でも種痘を広げた。ほかに、西洋の医学書を翻訳した『医療正始(いりょうせいし)』の刊行や蘭学塾「象先堂(しょうせんどう)」を江戸に開設するなど玄朴の功績は多い。象先堂の象先は「現象の先にあるもの」という意味。先が見えにくい今、「物事の本質を見極めよ」という教えにも聞こえる◆既得権益を死守しようとする抵抗勢力にも負けず、近代西洋医学の普及に力を尽くした玄朴。今年は没後150年に当たる。玄朴をはじめ開明的だった佐賀藩の歩みをいま一度顕彰したい。ワクチン接種が順調に進み、希望が大きくなることを願いながら。(義)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加