寺社建築に携わる宮大工の修業は、ひたすら刃物を研ぐことから始まるという。砥石に刃を当て、ゆっくり往復するだけの作業なのに、右へそれ左に曲がり、意のままにならない。まっすぐ平らな刃に仕上げ、自分で完ぺきな平面を削り出せなければ、他人が仕上げた部材とずれが生まれ、数百年もつ建物は完成しない◆寒風にあおられながら、黙々とピッチを刻むランナーたちの姿に、そんな職人の世界がふと重なって見えるときがある。自分がしっかりタスキを渡せるかどうかで、仲間たちと築き上げてきたものが高く立派にそびえ、反対に一瞬で崩れることもある◆きのうの県内一周駅伝は日程を短縮し、沿道の声援もない異例の大会となった。地域に親しまれてきた多くのイベントが日常から消えたコロナ禍である。せめて1日だけでも走りたい、走らせてやりたいという関係者の思いは、60年続いてきた歴史のタスキもつないだ◆力走のさなか、もう一つ、人の手で大切に受け渡されてきたものが県内に届いた。医療従事者向けの新型コロナワクチン。5日間しか保管できず、零下75度前後を保つ冷凍物流の供給網によって、海の向こうからリレーされてきた◆抜き、抜かれ、それでも一歩ずつしか前へ進めない。駅伝はいまの時代とも重なる。ひとりの力ではゴールにたどり着けない。(桑)

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