江戸のむかし、「笹湯」という習わしがあった。子どもが酒をまぜた湯を浴びる。当時恐れられていた感染症、天然痘が治ったときの祝いである。現在の伊万里市山代町でも幕末の安政3(1856)年、豪農の山本家が笹湯をして客を招待した記録が残っている◆この時代、佐賀藩は天然痘予防の種痘、いまでいうワクチンを無料で領内の子どもに接種していた。山本家の近所でも対象児が集められたが、予定数を上回り、種痘が全員に行き渡らない。心配した村役の庄屋らが追加接種を願い出たという。そんないきさつもあり、祝宴はにぎわったことだろう◆ワクチンを待つ社会の空気は、どこか現代と似通っている。新型コロナ対策の国内接種が始まった。ただ、実務を担う市町の体制整備はこれから。国際争奪戦のあおりで供給スケジュールも見通せない。そもそも短期間で開発されたワクチンは安全か…。期待ばかりとはいかないようである◆佐賀藩が種痘を普及させた大きな要因は、藩医を計画的に派遣して村の医者に技術を教え、藩役人と庄屋が協力して希望者を集める先駆的な地域医療体制にあった。「医療や藩に住民が信頼を寄せていたからできた」と青木歳幸・佐賀大特命教授(医療史)は語る◆「信頼」という社会の空気はいま、どうだろう。笹湯の祝いは、まだちょっと早い。(桑)

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