誰でも容易に自分の考えを広く発信できる時代になった。米ツイッターやフェイスブックなどのIT大手が提供する会員制交流サイト(SNS)を使えば、人々と共有したい情報や、政治的な主張などを瞬時に世界中に送ることができる。

 言論活動の活性化は歓迎するべきだが、SNSの興隆は、その利便性とは裏腹の危険もはらんでいる。これまでも「フェイクニュース」の波及による世論操作の問題が指摘されてきたが、ツイッターが1月、米連邦議会議事堂襲撃に絡み、トランプ前大統領のアカウントを永久停止したことをきっかけに、表現の自由を巡る国際的な議論も引き起こされた。

 SNSには今後もいろんな機能が付与され、ネット空間にはさまざまな言説が飛び交うだろう。日進月歩のデジタル社会の中で、自由で公正な言論活動を維持・発展させるためにはどうすればいいのか。ネット時代にふさわしい民主主義の在り方を探ることは現代に生きる私たちに課せられた極めて重要な使命と言えるのではないか。

 トランプ氏の支持者が議会に乱入した後に、同氏のアカウントを停止したツイッター社の判断には、さらなる暴力を防いだとの好意的な見方がある一方、特定の言論を封じる力を民間企業に与えるべきではないとの指摘もある。

 トランプ氏に批判的なドイツのメルケル首相は、このときばかりは同氏の肩を持ち、意見表明の自由の制限は法律によるべきだと強調した。

 しかし社会秩序が混乱する恐れがあるとして政府が法律で規制するなら、市民監視強化に国際的な批判が強い中国やロシアによるメディア規制と類似する構図にならないだろうか。

 今回はトランプ氏という権力者側に向けられたケースだったが、逆の場合ではどうか。2010年から11年にかけて中東と北アフリカのアラブ諸国で広がった民主化運動「アラブの春」ではSNSが重要な役割を果たした。

 ロシアで拘束されている反体制派のナワリヌイ氏の釈放を求める抗議デモ、クーデターを起こした軍に抗議するミャンマーでの抗議集会などは、当局による通信遮断も伝えられるが、大なり小なりSNSが活用されているはずだ。これを奪われてしまえば、民主化運動は大きな痛手を負う。

 検討しなければならないのは政治的主張だけではない。個人的な感想や意見も人々を追い込むことがある。テレビ番組に出演していたプロレスラー木村花さんが20年5月、SNSへの投稿で誹謗(ひぼう)中傷された後に死去した事件は、大きな社会問題となった。

 どういう言説が表現の自由からの逸脱なのか、正当な批判とどう区別するのか。それは誰がどういう基準で判断するのか。SNS運営者にその能力があるのか、公的機関の関与も検討するべきなのか。検討課題は尽きない。

 在日コリアンが多く住む川崎市の差別禁止条例は、ヘイトスピーチに刑事罰を盛り込んだ。何がヘイトに当たるのかを明示、該当すると認定された後は、第三者機関の意見を聞く。公権力の発動までに幾重にもチェックポイントを設けている。ネット空間での対応とは同列には論じられないだろうが、通底する部分もあるのではないか。(共同通信・高山一郎)

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