このごろ「わが〇〇」という言い方を、あまり聞かなくなった。「わが町」「わが故郷」「わが母校」…。「わ」には私ひとりだけでなく、もっと大勢の「自分」が含まれている。共同体が垣間見える言い方がなくなるのは、流行語が消えるより時代の変化を映している。演出家、鴨下信一さんの指摘である◆「ふぞろいの林檎たち」「高校教師」などテレビドラマ史に名を刻んできたひとのまなざしは、最近の劇中の変化にも敏感だった。登場人物から「おじ」「おば」が消えた。ギャラが高いベテラン俳優の配役を敬遠するテレビ局の台所事情ばかりが原因ではない。家庭で子どもに他人、つまり社会を最初に意識させてくれる大人がいなくなったのだ、と◆家族の崩壊を先取りした「岸辺のアルバム」では、出演者にセットの家の中を「目をつぶっても歩けるように」と命じた。主演の八千草薫さんは1時間も早く来て、歩き回って稽古したという。すぐれた脚本を「名作」に高めたのは、画面に映らない本物らしさまで追求した演出の手腕だろう◆鴨下さんの訃報に触れ、あのころの「ホームドラマ」がなつかしくなる。家族のつながりが薄れ、孤独対策の大臣まで必要なこの国に、描くべき物語は残っているだろうか◆そのうち「わが家」という言葉もなくなりはしないかと、内心危ぶんでいる。(桑)

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