360度カメラ「シータ」を使い、円になって記念撮影する参加者=佐賀市の市村記念体育館

 

 「弘道館2」の特別講座が昨年12月、佐賀市の市村記念体育館で開かれた。今回は「RICOH(リコー)流おもしろサイエンス学」と題し、三養基郡北茂安村(現みやき町)出身の市村清(1900~68年)が創業した電子・事務機器メーカー「リコー」の社員が講師を務めた。約30人の小学生が参加し、市村清の生涯と起業家精神を学んだほか、同社の360度カメラを使ったユニークな撮影体験も楽しんだ。講義の模様を詳報する。(志垣直哉)

 

◆人を愛し、愛された市村清

リコーの360度カメラ「シータ」で撮影した画像を確認する参加者=佐賀市の市村記念体育館(同カメラで撮影)

 リコーと市村清の生涯について、リコー経営企画本部広報室の吉村由紀さんが紹介した。
 
 リコーは1936年2月6日、佐賀出身の市村清さんがつくった会社。事務機器や光学機器を開発し、いろいろなデータを生活や仕事にうまく取り込み使うための「デジタルサービス」も手掛ける。コピー機は首相官邸にも入っている。スクリーンから11・7センチの所でも映写できる超短焦点プロジェクターや、360度をワンショットで撮れる「シータ」など、世界初の商品もたくさんある。
 私たちが大切にしているのは「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という「三愛精神」。これは終戦の時、市村さんの考えから生まれた言葉だ。


■最後まで諦めない

 市村さんは1900(明治33)年生まれ。三養基郡北茂安村(現みやき町)の農家で、7人きょうだいの長男。貧しいが弟や妹にみじめな生活はさせたくないという責任感があり、頑張り屋の正義漢。成績は抜群で、小学校ではずっと1番だった。
 進学したかったが、お金が必要だった。そんな10歳の頃、学校に行くお金を工面するため、おじいちゃんがくれた牛を大切に育てていたが、家が税金を払えず、牛は国に取り上げられてしまう。この悔しかった経験が、納得いくまでとことん闘う性格を形づくったといわれる。
 村で初めて佐賀中学(現佐賀西高)へ入学を果たすが、やはり貧しさのため中退。16歳から銀行で働き始め、20歳になると上京し、昼間は仕事、夜は大学に通う生活を送った。22歳で大学を辞め、中国・北京にある別の銀行へ。出世し、取締役にまでなった。
 27歳の時、保険を売る仕事を始めるが、全く売れない。ある学校の先生から8回断られ、「最後にもう1回…」と訪ねた9回目で初めての契約が取れた。最後まで諦めないことの大切さを学んだという。


■三愛精神

 29年、佐賀にあった「吉村商会」から「理研感光紙」という写真を焼き付ける紙の販売権を譲り受け、福岡で店を始める。初めて雇った従業員3人を市村さんはとても大事にし、自分の子どものようにかわいがった。「従業員は自分の仕事を一緒にやってくれる協力者」と言っている。
 販売成績が抜群で36年、感光紙の開発元である理化学研究所から事業全体を譲り受け、2月6日、理研感光紙株式会社を設立した。従業員は33人。これがリコーグループのスタートだった。
 45年、終戦。傷ついた国やまちの姿に市村さんは「仕事というのは世のため人のために尽くすこと。これからは平和につながる会社じゃないと存在価値がない。まず自分自身の仕事を愛して一生懸命頑張ることで、自分、家族、お客さん、仲間、社会と、全てを豊かにしていこう」と考える。「三愛精神」だ。
 46歳の時(46年)、東京・銀座に「三愛」という食料品店を開く。当時は物価がとても高かったが、この三愛では食料品を適正な、人々が買える金額で売ったことで、繁盛し有名になった。
 店は後に、女性用の洋服店に変わる。市村さんは客がトイレで交わす雑談に着目し「聞けば次に求められるものが分かるのでは」と考え、アルバイトにいろいろなトイレでこっそり話を聞いてもらった。その結果、若い女性がおしゃれに目覚めていると分かり、洋服店に変えた。市村さんらしいアイデアだった。
 さらに47歳の時、戦争で荒れてしまった明治神宮の建物の再建に乗り出す。「戦争から戻ってきて結婚したい人々が、ちゃんとできるように」と、相談から挙式まで対応できる結婚式場にする。安価だが良いサービスが喜ばれ、結果的にもうかった経験から「もうけるではなく、もうかる」という考え方を持った。


■「経営の神様」

 市村さんはいろいろな会社を立ち上げた。三愛石油、リコー計器、リコー時計など多数あり、人生最後にサガテレビもつくった。「経営の神様」と呼ばれる。
 55歳の頃、米国の会社でコピー機(事務機)を使った先進的な働き方を見て「日本もこれからこういう働き方になる」と考えた。これがリコーがコピー機を作る原点になった。
 65年、リコーの業績が悪化し経営がピンチに。後に「人生で一番の苦労」と話し、妻・幸恵さんも「死んでしまうのでは」と心配するほどだったが、必死に立て直し、新たに開発したオフィス用卓上コピー機「電子リコピーBS―1」を大ヒットさせる。リコーにとって救世主のような商品だった。


■アイデア、ひらめき大事に

 市村さんは人生最後の仕事として、財産のほとんどを投じ、科学技術の発展を後押しする「新技術開発財団」をつくる。財団が国の許可を得て4日後の1968年12月16日、市村さんは68歳で亡くなる。当時の総理大臣や佐賀県知事など、約7千人が葬式に参列した。人を愛し、人にも愛される人物だった。
 市村さんは成績抜群だったが、勉強したくてもできなかった。その悔しさと「学びたい」という気持ちは大人になってもずっと続いた。また「凝り固まった一つの考えから良いアイデアは生まれない。何もないところでも、工夫すれば何かきっとできる」と考えた。目の前のことに全力で取り組み、諦めないことが成功の秘けつだと言っている。
 世の中の有名な発明品も、最初はそのアイデアを周りから「何言ってるの?」と思われたかもしれない。初めて「宇宙に行きたい」と言った人も、1人1台持つのが当たり前となったスマートフォンもそうだろう。でもちゃんと役立つ物になったり、実現したりしている。だからみんなも、アイデアやひらめきは大事にして。自分の納得すんまで、チャレンジせんね!

市村清についての講話を聞き、司会者とやり取りする参加者

 

ワークショップ

 ワークショップで子どもたちは、デジタルカメラや同社の360度カメラ「シータ」の仕組みを学び、会場やその周辺を「シータ」で撮影して回った。タブレット端末で全方位画像の視点を動かしたり、地図上に落とし込んで共有したりと、撮るだけではない楽しみ方を味わった。また世界各地や国際宇宙ステーションの全方位画像を、VR(仮想現実)ゴーグルを通して見ることで、画像の世界に入り込むような臨場感も体感した。

360度カメラ「シータ」を囲んで撮影する子どもたち


●360度カメラ「シータ」体験

 子どもたちはまず、カメラの仕組みについて簡単なレクチャーを受けた。デジタルカメラを構成するレンズ、イメージセンサー、ICチップ、メモリーカード、モニターのうち、ICチップの役割について学ぶ際にピンホールカメラの原理を用いた「カメラ・オブスキュラ」と呼ばれる装置を使用。装置を通した像は上下逆さまに見え、逆転した像をICチップが元に戻していることを学んだ。

360度カメラ「シータ」を使い会場周辺で撮影を体験する子どもたち=佐賀市城内のこころざしの森

 その上で「シータ」の仕組みについても説明を受けた。「シータ」は視野が180度以上ある魚眼レンズを表と裏に備えているが、魚眼レンズは周縁部に近い部分ほど画像がゆがんでしまう特性がある。ICチップの画像処理によって、表と裏の画像が重なるゆがみの生じやすい部分も、違和感なく写し出せるという。
 続いて実践。子どもたちは4、5人の班をつくり、それぞれ「シータ」の使い方を教わりながら撮影した。ポイントは腕を高く伸ばして撮影することだが、撮影自体はボタンを押すだけ。ピント調整も不要で、全方向を撮影するため画角を考える必要もない。
 撮影した画像はタブレット端末で確認でき、視点の中心を自由に動かしたり、端末の向きに連動して画像の向きを動かしたりできるのが「シータ」の醍醐味(だいごみ)。子どもたちは中心を自在に動かしたり、端末の向きを変えたりして「面白い」と目を輝かせていた。

 

VRゴーグルを通して世界各地の全方位画像を楽しむ参加者

●全方位画像をVRで

 二つ目のワークショップでは、3、4人の班ごとに「シータ」を一つ持ち、約10分間、市村記念体育館付近を自由に撮影して回った。自分たちを撮影する「自撮り」の要領で「シータ」に向かってポーズを取り、さまざまな地点の全方位画像を集めた。画像は集約して会場周辺の地図データ上に落とし込み、あちこちの全方位画像を画面上で見られるようにした。
 また、参加した子どもたちにはそれぞれ、スマートフォンを取り付けられるVRゴーグルがプレゼントされた。会場に張られた10種類の二次元コードをスマホで読み取り、ゴーグルに取り付ければ、ペルーのマチュピチュやボリビアのウユニ塩湖など世界各地で撮影された絶景の全方位画像を見渡すことができ、その場に飛び込んだかのような体験が味わえる。子どもたちは「すごい」「きれい」と歓声を上げながらあちこちを見回し、保護者も「何が見える?」と興味津々だった。

 

感想

◆三原大佳(ひろよし)君(12)=白石町

 リコーという会社を佐賀の人がつくったことも、その会社が作った360度カメラのことも知らなかった。将来は科学者になっていろいろな研究がしてみたくて、サイエンス教室というのが面白そうだったから参加した。
 360度カメラやVRの体験が楽しかった。VRでは、行ったことのない場所にいるような気分を味わえて、国際宇宙ステーションから見た地球がきれいだったのに感動した。


◆小川海翔(かいと)君(11)=佐賀市

 VRを初めて体験して楽しかった。いまは旅行にもなかなか行けないから、マチュピチュに行ったような気分になれたのが余計に楽しかった。他にもいろいろな場所の画像をVRで見てみたい。
 お父さんがリコーに勤めている。自分も将来はリコーで営業職をやってみたい。

 

 
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弘道館2とは 幕末・佐賀藩の藩校「弘道館」をモデルに、各分野で活躍する佐賀県ゆかりの講師を招いて学ぶ県の人材育成事業。コーディネーターは元電通の倉成英俊さん=佐賀市出身。問い合わせは事務局、電話0952(40)8820。

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